アースシールド♾️

ーーギイイイ。

 演習場の鉄の扉が閉まった。
 近くの木の上に飛び乗ると、永久さんも後から1メートルも離れていない隣の木に飛び乗った。
 走って森の奥へ向かう受験者を眺める。

「永久さん、3分でどう攻略するかを練りましょう。その後、隕石の破壊です」

「ああ、中型からだな」

「はい。4時間なので、体力もある程度温存ですね」

「そうだな。俺とお前なら大型を30分ほどで倒せると思うが、体力の消耗が激しい大型は避けよう」

 永久さんと目を合わせた。
 私と永久さんなら大型を20分でやれる……ということは言わなくていいか。

「残り時間が30分を切ったら、小型を倒し、数を稼ぐのはどうでしょうか」

「それでいこう」

 同時にこくんと頷いた。

「この演習場の面積は5000万㎡。全範囲はとてもじゃないけど回りきれません。受験者たちは、中央に一気に走っていったので東か西の壁面から攻めましょう」

 少しの沈黙の後「東だな」と永久さんが呟く。

 東。
 西にはトシとココちゃんが向かったからか。

「ラジャ」

 同時に木から飛び降り、東側に一気に走り出す。

ーータッタッタッタッタッ。

 永久さんとはスピード感も合うな。
 一次試験の出来はあまりよくなかったのかもしれないが、実戦なら最高の相性かもしれない。
 もしや、父と同じく、わざと一次の点数を調整したってことも……それはないか、永久さんは真っ直ぐな人だ。
 しばらく走ると、赤く燃える小さな隕石が落ちていたが、小型なのでスルーして進む。

ーータッタッタッタ。

 私たちふたりの足音が静かな森に響いた。

°。°。☆°。°。☆°。°。°。°。☆°。°。☆°。°。

 中型を倒しながら、森の中を駆け抜ける。

「お前はきょうだいがいるのか」

 無言だった永久さんが前方に視線を向けたまま口を開いた。
 私の家族構成にでも興味があるのだろうか。
 それとも、天城家のことを知ったかーー。

「いいえ。きょうだいはいません」

「……じゃあ、一次の帰りに待ち合わせてたのは彼氏か?」

「……え? 違います。ただの幼馴染です」

 か、彼氏……。
 月が私にくっついて回るから誤解されたじゃないか。

「そうか」と短く永久さん呟いた。

「なぜ、そんなこと聞くんですか」

「随分、親しげだったからな」

 少し冷たい空気が流れた気がした。
 永久さんの横顔はいつもと同じ、無表情だな。

「親しいというか……小さい頃からずっと一緒できょうだいみたいなものです。永久さんはきょうだいは?」

「戦争で死んだ。……妹も父親も母親も」

 え……。
 永久さんは、第一次宇宙戦争で家族を亡くしたってことか?
 頭がぐるぐるして、思わず足を止めてしまう。
 ということは、数年間、ずっとひとりだったのだろうか。
 父と母を失った日、家の玄関先でのやり取りを思い出す。

『ねえ、お父さん、お母さん。幼稚園の先生にね、どんな人になりたいですかって聞かれたの』

『糸はどんな人になりたいの?』

 母がかっこいい制服姿で、きゅっと栗色の髪を結び、任務に行く準備をしている光景。

『うーん、お父さんとお母さんみたいに強くなりたい。でも……お父さんとお母さんはどうなってほしい?』

『そうね……母さんは、糸に思いやりのある人になってほしいな』

 母がぎゅっと私を抱きしめる。

『思いやりのある人?』

『相手の立場になって考えられる人のことだよ。そういう人をお母さんは強い人だと思う。ね? 父さん』

 母は私を抱きしめながら、父がいる方向を見た。

ーースタ、スタ、スタ。

 父が私と母のもとへ近づいてくる足音……。

『父さんも母さんと同じ意見だな』

 父はそう言いながら、私と母を一緒に抱きしめた。

『どうやったらなれるの?』

『自分がこうしたい!って思ったときに、立ち止まって考えてみるの。相手はどう思ってるかな? 私がしたいと思うようにして、嫌じゃないかなって』

 ふたりが私から離れて、ニコッと微笑む。

『ラジャ!』

 隊員のように、敬礼をした。
 父と母の思いに応えたいと強く思った。

『ははは、糸は素直だな〜。じゃあ、父さんと母さんは任務に行ってくるよ』

 ふたりが手を振り玄関を出て行ったーー。

ーーガチャ。

 思いやりの話をした日、父と母は帰らぬ人となった。
 辛かった。
 苦しかった。
 強くなれないと思った。 
 思いやりのある人になっても、父と母はいないのだから。
 でも、私のことをお祖父様が、お手伝いさんたちが、月と円が、思いやりを持って導いてくれた。
 そのおかげで今があるんだ。
 永久さんは、家族を亡くしてから、ずっとひとりだったのか。
 どんなに辛かっただろう。
 心がえぐられるように痛い。

「悪い、そんな顔しないでくれ」

 俯く私に気づいた永久さんが、方向転換して走り寄る。
 私の肩に手を置き、トントンっと叩いて「もう自分の中で消化していることなんだ」と添えた。
 森の中はしーんと静まり返り、まるで私たちしかいないような空気だ。

「……永久さんの心の傷は、想像できないほど辛かったでしょう」

 永久さんの服の袖を掴んでグッと力を入れる。
 ひとりではない、私がいるという証明をどうにかして示したかった。
 今はこれが私にできる、最大の寄り添いだ。
 それに……なぜ、父と母の言葉を思い出したのだろうか。

「……俺はその日、たまたま隣県にある祖父母の家に預けられていて、戦争が始まったときにはもう防空壕に逃げるしかなかったんだ。……祖父は終戦後すぐに病気で死んで、祖母は後を追うように逝ってしまった」

 俯く私の頭の上から、ぽつりぽつりと永久さんの言葉が落ちてくる。

「お祖父様とお祖母様も……」

「ああ……ひとりで何とか家に帰ろうとして、何日も何日も歩いた。家のあたりにつくと、ひどく荒れていて、家は跡形もなくなくなっていた。それから、父と母と妹を必死に探したが、結局、行方はわからなかった」

 思わず上を向くと、きらっと光る永久さんの目に吸い込まれる。
 永久さんの瞳を見つめながら、なぜか、ひとすじの涙が頬を伝った。

「お、おい。お前が泣くことじゃないだろ」

 初めて見た永久さんのオドオドした姿。

「……申し訳ありません」

 月と円の前でも泣いたことがないのに。
 なぜこんなに胸が締め付けられるのだろう。
 腕で涙を拭おうとすると、スッと永久さんの手が顔に向かって伸びてくる。

「泣くな、糸ーー」

 永久さんの優しい手が私の頬に触れる。
 親指で優しく涙を拭ってくれた。

「……今日は、私が永久さんのペアです。ひとりじゃありません。そばにいます。だから…その…背中…預けてください」

 驚いた表情をして、無言になった永久さん。
 なにか、おかしなことを言ってしまっただろうか。
でも、この人を思いやりたい。
 この人と強くなりたい。

「……どうしました?」

「いや、なんでもない。……ありがとう。そんなこと言われたことがなくて戸惑った」

 永久さんは、顔を赤くして目を逸らすと、少しの間、地面を見ていた。

ーードンッ!!

 そのとき、地面が跳ねた。
 ヒビの入った岩のすき間から、ぬるり、と黒いものが動く。

「……来る」

 熊ほどの大きさの宇宙生命体だ。
 中型。
 しかも多数。

「右から三体は俺がやる」

「左の三体は任せてください」

 腕を振り、剣で生命体をはじき返す。

ーーカキーン。

 森の木漏れ日によって、キラキラっと剣が光る。
 一体、二体!
 三体目!

ーーシュルルルル。

 生命体は、黒い粒子になって消えた。
 制圧完了。

「よし、この調子……」

 トワさんの方を向こうとしたときだった。

ーーズズ……ズズズ……!!!

 地面が鳴る。
 咄嗟に永久さんと背中合わせになって状況を把握する。
 この先に何か、いる……?

「……行くぞ」

 音の方向へと走る。