ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~

席に戻ると、球場は七回の攻撃を前に、ジェット風船を飛ばす準備でさらに熱を帯びていた。
けれど、私の心は急速に冷えていく。
「美絵、おかえりい〜」
いずみの出迎える声も、私の耳には届いていない。

やってしまった。
見に行きたいなんて、さすがに図々しかった。
いくら中学の同級生だからって、距離感を間違えたよね?
よく考えたら、教えている瀬川くんも、練習しているみんなも、全員真剣なのだ。それを見に行きたいなんて、邪魔だよね。

(調子に乗ってしまった……。瀬川くん、困ってたよね)
ちょっと優しくされたからって、すぐに勘違いして。
恥ずかしさと情けなさで、目の前の試合展開なんて何も頭に入ってこない。
膝の上でスマホを握りしめ、泣きそうになるのを必死で堪えていた。

ブブッ。
手のひらの中で、スマホが短く震えた。
画面を見ると、メッセージの通知が表示されている。

差出人は『瀬川くん』。

心臓が口から飛び出そうになった。
震える指でロックを解除する。

『さっきはごめん、言いそびれたけど』
『見てもらえたら、俺も嬉しい。いつでもいいよ』

短いメッセージ。
けれど、その文字を見た瞬間、球場のすべての騒音が消え失せた。
じわ、と体温が一気に上昇する。

「嬉しい」
「いいよ」
――その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

よかった。
なんか今、飛び跳ねたい。
灰色の石みたいに固まっていた胸のモヤモヤが、一瞬でピンク色の花びらになって弾け飛んだようだった。
口元が緩むのを止められない。
スマホを胸に抱きしめて、顔を上げると、遠くの席に座る瀬川くんの後ろ姿が目に映った。

「……あれ?」
隣でいずみが、不思議そうな顔で私を覗き込んだ。
「なんかいいことあった?」
「えっ!? な、なんで?」
「だってさっきまで、すごいむくれてたのに。今はなんか……顔、パアァァッてなってるよ? ご機嫌じゃん」
いずみがニヤニヤしながら私の頬をつつく。
「そ、そんなことないよ! 試合、勝ってるからかな!」
「ふーん? 怪しいなあ」
私は慌ててメガホンを持ち直し、熱くなっている頬を隠した。

空には、無数の風船が鮮やかに舞い上がっていく。
その景色が、涙が出るほど綺麗に見えた。
まだ、このドキドキの名前を、私は知らない。
ただ、彼の言葉一つで、世界がこんなにも鮮やかに変わってしまうことを、この夜の私は知ったのだった。

(そういえば……瀬川くん。結局あの時、飲み物買っていなかったよね?)

そのことに気づいたのは、家に帰って一息ついた後のことだった。