彼は魅惑のバレリーノ

「いや……なんか本当ごめん。」

車に揺られながら、ぽつりと漏れた言葉。
胸の奥にずっと引っかかっていたものが、ようやく形になった。

「ん? なにが。」

柊くんは前を向いたまま、落ち着いた声で返す。

「まさかこんなことになるなんて……」

「一華さんのせいじゃないよ。
こういうこともある。好きなだけいていいよ。」

その言い方があまりにも自然で、優しくて、
“迷惑じゃないよ” と言われているようで、胸がじんと温かくなる。

「それは……助かる。」

思わず、ふっと笑ってしまった。
緊張が少しだけほどけた瞬間、車が静かに停まる。

久しぶりだな、この場所。
仕事が忙しくて、ここに来るのはもう二週間ぶりくらいだ。

「どうぞ。」

「お邪魔します。」

階段を上がり、二階の角部屋を案内してくれた。

「ここ使ってないから。自由にどうぞ。」

「ありがとう。」

部屋の中はシンプルで、余計なものが何もない。
テーブルがひとつ、壁際には畳まれた布団。
生活感が薄いのに、どこか落ち着く空気が漂っている。

「あとは……布団はそれ使って。
床硬いかな? 俺のベッド使う?」

「いや大丈夫! 布団で!!」

反射的に声が大きくなってしまい、慌てて言い直す。

「ほんとに大丈夫だから!」

「そう?」

少しだけ首を傾げて、でも無理に押し付けることはしない。
その距離感がありがたい。

「わかった。
あと、足りないものあったら遠慮なく。」

「ありがとう。」

荷物を部屋の隅に置き、軽く荷解きを始める。
明日が休みで本当に良かった。
もし仕事だったら、この状況でまともに動けなかったかもしれない。

部屋の外から、柊くんの生活音が聞こえる。
その音が妙に安心感をくれた。