彼は魅惑のバレリーノ

そのあとは、必要なものを慌ただしくまとめた。
貴重品、数日分の服、化粧品、仕事の資料……。

部屋の中は湿気でじっとりしていて、落ちてくる水の音が背中を急かす。
だけど、柊くんが部屋を綺麗にしてくれていたおかげで、
必要なものの場所がすぐ分かった。
本当に助かった。

荷物を抱えて外に出ると、柊くんが車のトランクを開けて待っていた。

「これも持つよ。」

自然に手を伸ばしてくれるその仕草が、妙に心に沁みる。
二人で荷物を運び込み、トランクがいっぱいになったところで、彼が言った。

「とりあえず、まだ荷物あるよね?
俺、一回置いてくるから待ってて。」

そう言うと、車は静かに動き出した。

私は再び部屋に戻る。
ドアを開けた瞬間、湿った空気がまとわりつく。
天井から落ちる水滴が、さっきより増えている気がした。

ぽた……ぽた……ぽた……

その音が、胸の奥をじわじわと不安で満たしていく。

まさか、こんなことになるなんて。
普通にカフェで過ごしている間にこんなことになるなんて。誰が想像するだろう。

本当に、柊くんの家に行っていいのだろうか。
迷惑じゃないだろうか。
でも、実家は職場から遠すぎるし、ホテルに何泊もしたら破産する。
荷物も多いし、現実的じゃない。

そんなことを考えているうちに、柊くんが戻ってきた。

「荷物はこれで平気?」

「うん……ありがとう。」

「じゃあ、いこっか。」

その一言に、胸の奥がふっと軽くなる。
彼の声は落ち着いていて、迷いがなくて、
“頼っていいんだよ”と自然に言われているようだった。

私は深呼吸して、車に乗り込んだ。

これから、柊くんの家に行く。
その事実が、緊張と安心を同時に連れてくる。