彼は魅惑のバレリーノ

考えていたらうとうとと意識が沈みかける。
すると低い声がふっと落ちてきた。

「さて、寝るなら布団いきな。
俺はもう帰るから。」

「いや、まだ仕事が。」

「だーめ。明日にしな。」

「いや、でも。」

「だめ。休んでるかどうか、俺が一晩中見張るよ?」

「え!?」

「冗談。」

クスッと笑うその顔が、
冗談に聞こえないくらい優しくて、胸が熱くなる。

「わかった…今日はシャワーしてもう寝る。」

「うん。じゃあ俺は帰るよ。
…あのさ。明日は家いる?」

「うん、仕事しなきゃだから。」

「明日もきていい?」

「え!?」

「ほっといたらまたご飯食べないでしょ。
…あと、片付けしたい。気になる。」

あ、そっちが本音か。

「わ、わかった。お構いできなくてもよければ。」

「大丈夫。じゃあ、おやすみ。」

「うん、本当ありがとう。気をつけて。」

扉が閉まる音がして、
静かになった部屋に、彼の気配だけがふわっと残る。

胸の奥がじんわり温かくて、
眠気がまたゆっくり押し寄せてくる。

シャワーを浴びて、歯磨きをして、ふらつかないようにゆっくり歩いて布団に入る。
目を閉じると、さっきの会話がまだ耳の奥に残っていた。
まるで、囁き声みたいに何度も反芻される。

『俺が誰にでも優しいと思ってる?』

『一華さんにだけだよ。』

胸の奥がじん、と熱くなる。
あのときの柊くんの真剣な目が、まぶたの裏に焼きついて離れない。

「そんな訳ないじゃん…
 そんなの、勘違いしちゃうよ。」

ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど弱かった。
返事をする人なんていないのに、誰かに聞かれたくないような、そんな声。

意識がゆっくり沈んでいく。
まるで深い水の底に落ちていくみたいに、思考がほどけていった。