彼は魅惑のバレリーノ


「キッチン入るよ。」

「どうぞ。」

そう言うと、ガサガサと袋の音、
続いて水道の音が聞こえてきた。

……そういえば、キッチンで料理した覚え、ない。
ここ二週間くらい。

ゼリーとか、コンビニのサラダとか、
“とりあえず食べられるもの”ばかりだった。

「一華さん。お水飲める?」

「うん。」

「ゆっくり起きて。」

そう言って、背中に手を添えてゆっくり支えてくれる。
その手があったかくて、安心する。

「ねぇ。
ご飯ちゃんと食べてた?
キッチンで料理した形跡が全くなかったんだけど。」

「んー、ご飯は食べてた…
一日に一食は必ず。栄養ゼリーとか、料理しなくて済むやつ。」

柊くんは、少しだけ眉を寄せた。

「あのね、一華さん。
忙しくても、朝、昼、夜って食べないと身体がもたない。
完全に栄養不足だよ、これ…
痩せすぎ。」

「えーそんなことないよ。むしろダイエットできたって感じだね。」

はは、と軽く笑ってみせた瞬間——
手首をそっと掴まれた。

「笑い事じゃないよ?」

真剣な瞳。
冗談を受け流す余裕なんて、彼の表情には一切なかった。

「ご、ごめんなさい。」

「怒ってないよ。
ただ…もう少し自分を労わらないと。
栄養足りないと、仕事の効率も落ちるから。」

言葉は優しいのに、芯がある。
“本気で心配してる”って伝わる声。

「何か作るから、休んでて。」

「…じゃあ手を洗ってくる。」

「目回らない?大丈夫?」

「うん、平気。」

ゆっくり立ち上がり、洗面所へ向かう。

扉を閉めた瞬間——

……いや、は、恥ずかしすぎる。

散らかった部屋。
倒れかけたところを抱きとめられて、
お姫様抱っこされて、
心配されて、
説教されて、
看病されて。

醜態晒しまくりじゃん。

あー……もう無理。

顔から火が出そう。
手を洗う音に紛れて、胸の奥がじんわり熱くなる。

柊くん、優しすぎる。
その優しさが、今はただただ恥ずかしくて、
でも少しだけ——嬉しい。