彼は魅惑のバレリーノ


「一華さん。」

背後から落ちてきた声は、春の風みたいに柔らかかった。


「柊くん。」

彼は少し息を弾ませながら、でもいつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「遅いから見に来た。」

「ごめんね。はい、フラッペお待たせ。」

「ありがとう。」
柊くんは受け取ったフラッペを覗き込み、ふっと目を細める。
その仕草がやけに優しい。

「えっと、こちらの方は?」

視線が横へ流れ、深山へ向く。

「あ、初めまして。
同僚の深山 透です。よろしくお願いします。」

深山はいつもの“外向けの”爽やかな笑顔を浮かべた。
汗を拭ったばかりの首元、スポーツ帰りの熱がまだ残っている。

「どうも、初めまして。
戸神 柊です。」

柊くんは丁寧に頭を下げる。
その礼儀正しさが、逆に二人の距離を測りかねているようにも見えた。

そして深山は、私と柊くんを交互に見る。
その目は、ただの挨拶では終わらせる気がない。

「二人はどういう関係?」

空気が一瞬だけ止まった。
深山の声は軽いのに、探るような鋭さが混じっている。

――これ、言っていいのかな。
どう答えるのが正解なんだろう。

プロバレエダンサーって言っていいのか?
でもそれを言うと、余計な詮索を呼びそうだ。
かといって“友達”と言えるほど、まだ深くもない。
知り合って三週間。
距離は近いようで、まだ名前のない関係。

胸の奥がざわつく。
深山の視線が刺さる。
柊くんは静かに待っている。

――どう答えればいい?

その一瞬の迷いが、春の空気の中でやけに大きく響いた。