彼は魅惑のバレリーノ

そして私はというと、柊くんの車の後部座席にごろんと横になった。
シートの柔らかさが心地よくて、目を閉じると世界がゆっくり回っている気がする。

助手席には兄が乗り込み、車は静かに発進した。

「一華さん、気持ち悪くなったら言ってね。」

振り返った柊くんが、心配そうに声をかけてくれる。
その優しい声が、酔った頭にじんわり染みる。

「…うん。」

か細く返事をすると、兄がちらっとこちらを見た気がした。

あっという間に到着し、車が止まる。

「大丈夫? 歩ける?」

後部座席のドアを開けて、柊くんが覗き込む。
街灯の光が彼の表情を柔らかく照らしていた。

「んー、大丈夫。」

そう言って立ち上がろうとした瞬間、足がふらりと揺れる。

「大丈夫じゃないね。」

そう言うと、柊くんは迷いなく私の身体を抱き上げた。
ひょいっと、お姫様抱っこ。

「ひぃー無理無理。」

思わず手足がバタつく。

「暴れないで。危ないから。」

そう言って、ふっと笑う。
その笑顔があまりに優しくて、胸の奥がじんわり温かくなる。

「まじかよ。」

兄が信じられないものを見るような顔で、柊くんの後ろをついてくる。
その視線がずっと刺さっていて、酔ってるのに妙に落ち着かない。

「とりあえず中にどうぞ。」

柊くんが玄関の鍵を開け、丁寧に促す。

「あ、どうも。」

兄は靴を脱ぎながら、部屋の中をじろりと見回した。

「一華さんおろすよ。」

ゆっくりと下され、柊くんが私の手を支えてくれながら靴を脱ぐ。そして、私は反対の手を壁につく。

「あ、まって。むり。
はく。」

「え?」

柊くんの慌てた声が聞こえた瞬間、
私は反射的にトイレへ滑り込んだ。

ドアを閉める音がやけに大きく響く。

外から、柊くんと兄の声が重なる。

「大丈夫か…?」

「おい、ほんとに飲みすぎなんだよ。」

二人の声の温度差が、酔った頭にじんわり響いた。