彼は魅惑のバレリーノ

そう言われて携帯を見る。

画面に表示された名前は——
鬼。

「やばっ。」

思わず声が漏れる。

「彼氏?」
深山が横目でこちらを見る。

「違う。鬼。」

「鬼?」

「うん。出たくない。」

そう言いながらも、スマホは震え続ける。
着信音とバイブが、酔った頭にガンガン響く。
無視しても、絶対に引き下がらない相手だ。

観念して通話ボタンを押す。

「もしもしぃー?」

『おい、さっさと出ろ。ふざけんな。
ってか、アパートいつのまに解約してんだよ。』

「えー?」

『いまどこ住んでるんだよ。』

「えっとー。」

『待て、お前相当酔ってんな。
今どこいんだ。おい。』

「えっと、ここはー…居酒屋。」

『どこのって聞いてんだ、このバカが。』

うるさい。
酔ってる頭にその声は刺さる。

「えっと…居酒屋 あん?」

箸袋に書かれた店名を指でなぞりながら読む。

『あん?』

「駅前のとこのー。」

『庵(いおり)だな。
おい、絶対動くな。
近くにいるやつに代われ。』

「えー、はい。みやまぁ。」

スマホを押しつけるように渡す。

「え、俺?」
深山は一瞬だけ目を丸くし、仕方なく耳に当てる。

「もしもし…」

『悪いがそこのバカに水飲ませといてくれ。
20分で迎え行くから見張っとけ。頼んだ。』

ガチャッ。

「はい…
返事する前に切られた。」

深山は苦笑しながらスマホを返してくる。
その笑い方が、どこか呆れながらも優しい。

「あはは…」

酔いのせいで、なんでも可笑しくなってしまう。

「とりあえず水飲みな。」

深山が差し出したコップは、冷たくて、
指先に触れただけで少し意識が戻る。

「ありがとう。」

ちびちびと水を飲むと、
喉を通る冷たさがじんわり身体に染みていった。
深山はその様子を、黙って見守っている。