「おや、またですか。昨日と同じく落ち着きがない人ですね」
「す、すみません……」
正論に何も言えない。縮こまっていると「それより」と、先輩が私を覗き込む。
「怪我はないですか?」
「あ、ありません……」
「ふっ、それなら良かった」
桐生先輩の細長い指が、私の顔に近づく。するとまたしても間に入った空くんが、先輩を手のひらで押し返した!
グイッ
「心春は大丈夫そうなので、触らなくて結構です」
「……いちいち鼻につく言い方をしますね、君は」
「ありがとうございます」
「別に褒めていません」
はぁ、とため息をつきながら、桐生先輩は私と空くんを交互に見る。
「なんだかあなた達、昨日より仲良くなっていませんか?」
「え? 元もと仲はいいですが……」
だけど、そういうことじゃないらしい。桐生先輩は「鈍感な人を相手するのは疲れます」と吐き捨て、そそくさと下駄箱へ向かった。その後ろ姿を見て、空くんが「人のこと言えないよな」とボソリと呟く。それって桐生先輩が鈍感ってこと?
「しっかり者の桐生先輩が鈍感……ふふ。そうだったら面白いね」
「笑っているけど、心春が筆頭だぞ」
「へ?」
私も鈍感なの? しかも筆頭って! 首をかしげる私を見て、空くんは「前途多難だな」と苦笑を浮かべる。そのまま快晴の空を仰ぎ見た。雲一つない晴天。眩し過ぎる太陽。それらを目にしても空くんは一切目を細めない。さすが元バラだ。私だったらすぐ顔をしかめちゃうのに。
「なぁ心春」
空くんは、視線を下げて私を見る。
「本当は俺さ。今まで〝バラだから〟とか、〝いつ消えるか分からないから〟とか思って心春から一歩引いていたんだ」
「え」
思いがけない言葉に切なくなる。だけど打って変わって空くんは笑みを浮かべた。
「心春の前に道は続く。でも俺の前にあるのは不透明な道だ。その道をいつまで歩けるか分からない。つまり不安だったんだ。俺は、いつまで俺でいられて、いつまで心春と一緒に過ごせるんだろうって」
「空くん……」
そうか。今までふとした時に見せる悲しい顔は、そういう意味だったんだ。空くんは今まで一人で悩んでいたんだね。
「気づかなくてごめんね。空くんが不安に思うのは当たり前のことなのに、そこまで考えが回らなかった」
「なんで心春が謝るんだよ。それに、いいんだ。もう答えは出たから」
「え」
まさか空くんが昨日から凛々しく見えるのは、悲しいお別れを覚悟してのことなの? 不安になった私を安心させるように、空くんが私の頬をなでる。
「他の奴と比べるのも不安になるのも、もうやめることにした。やっぱり俺は心春と一緒にいたいから。だから、そんなハンデは抜きにしてさ。正々堂々、他の奴らと勝負しようと思ったんだ」
「空くん……」
他の奴らって誰? なにを勝負するの? いろいろ疑問に思ったけど、いいや。だって空くんが、今はっきりと前を向いているから。消える覚悟をした顔じゃない。明日も生きたいと願う、眩しいオーラを放っている。嬉しいな。前までの空くんは一人で消えようとしていたから。この世界で、私と一緒にいようとしてくれたことが嬉しい。だけど、どうして私といてくれるんだろう?
あ、もしかして……。
「おばあちゃんから〝私を頼む〟って言われたから?」
「え」
「だから私のそばにいるって言ってくれるんでしょ?」
「まぁその言葉がきっかけではあるけど、それ以外にもあってだな……」
「それ以外って?」
コテンと頭を倒した私に、空くんは盛大にため息をついた。
「はぁ~。本当に前途多難だな」
「えぇ?」
息を吐き切った後。顔をくしゃりとさせて、空くんは「プッ」と吹き出した。
「心春、ゆっくりでいいからさ。いつか俺の気持ちに気付いてくれ」
「え、うん。わかった……?」
本当のところ半分も内容が分からないまま、赤べこみたいに私は頷く。すると空くんは「サンキュ」と、ビックリするほど眩しい顔で笑った。
「っ!」
空くんの笑顔に魅入ってしまう。同時に、胸の奥でポンッと何かが芽吹いた。
これって――
「薔薇園くん! やっと見つけた~!」
大きな声を校舎に響かせたのは、ガーデニング委員長のサカキ先輩……の後ろに特大メガホンを持った小枝副委員長先輩⁉ 私たち、というか空くんを目指して猛ダッシュしている⁉
「君をガーデニング委員会の補佐役にするため色んな案を練ってきたよ! プランはA~Z! さぁどれから試してみる~⁉」
「いや、俺は補佐じゃなくて、心春と一緒に委員会の仕事ができればそれでいいので……」
控えめに返事をした空くんに、半ば俵担ぎされたサカキ先輩が「そういうわけにはいかないんだ」とうなだれる。
「桐生くんによると〝役職手当なるもの〟が存在するらしくてね。それがあれば予算がもう少し上乗せできるらしいんだよ」
「だから薔薇園くんお願い! ガーデニング委員会に入ってー!」
「えぇ……?」
珍しく空くんがたじろいでいる。見ると、ジリジリと足が後ずさっていた。そうかと思えば向きを変え、猛ダッシュ!
「すみません、俺はこれで!」
「「待って~!」」
先輩二人に追いかけられながら、空くんは校舎の周りをグルグルと走る。あ、先に先輩たちの体力が減ったみたい。だんだんと差が広がっていく。不思議な鬼ごっこを眺めていると、「心春」と後ろで名前を呼ばれた。
「おはよう、ハルハル」
「今日は早いんだね、心春~!」
椿ちゃんと麻衣ちゃん! 雲一つない空の下、二人が笑顔で私に駆け寄る。
「なーんか惚けた顔をして、どうしたの~?」
「私、そんな顔をしている?」
まだ走っている空くんをチラリと見る。頭に浮かぶのは、さっきの空くんの言葉。
――ゆっくりでいいからさ。いつか俺の気持ちに気付いてくれ
空くんの気持ちってなんだろう。私が空くんにドキドキする時の気持ちと一緒だったりする? そもそも、そもそもさ。私がドキドキするこの気持ちって……
「心春?」
「どうしたの、ハルハル?」
私は意を決し、二人の腕をクンと引っ張る。
「あのね」
口に手をかざし、ドキドキで震える声をなんとか二人に届けた。
「恋の応援団に相談があるんだけど、いいかな?」
「「!」」
二人は顔を見合わせた後、青い空に向かってハイタッチ!
パンッ
「もちろんよ!」
「私たち恋の応援団、兼、親友にお任せあれ!」
私の気持ちは、きっと二人に見透かされている。それが少し照れ臭い。だけど、それでも相談したい。空くんの気持ちも私の気持ちも、ちゃんと見つけたいから。
「実は、私ね――」
その後、青い空に二人の「キャー!」が響き渡る。二人に囲まれた私は、照れくさくて恥ずかしくて。だけどそれ以上に嬉しくて、晴れた空の下、満面の笑みを浮かべた。
【完】



