『これからも心春のそばにいておくれ。大事な人を失う悲しみというのは、簡単に癒えるものではない。方法があるとすれば、違う大事な人に出会うことだ。もう心春の中で空くんは大事な人なんだろうね。それはよく笑うようになったあの子が証明している。だから空くん、変わらず心春の隣にいてくれると嬉しいよ』
「ばあさん……」
空くんは眉を下げた。何か言いたげだったけど、覚悟を決めたのか力強く頷いた。
「わかりました。俺は、これからも心春のそばにいます。任せてください」
『ふふ、頼もしいねぇ』
「……では俺はこれで」
ハッと我に返った空くんは、顔を赤くしながら姿を消した。その足の速いこと速いこと。呆気にとられていると、電話の向こうでおばあちゃんの笑い声が聞こえる。
『空くんは、心が真っすぐな優しい子だね』
「うん。今ね、空くんから色々とガーデニングを教わっているんだよ」
『なんとなく分かるよ。おじいちゃんと夢に出て来た子だもの』
「そっか! 私、お庭を花だらけにしようと思っているの。そのお花を持って、おばあちゃんの病院に行くからね。飾るから、それを見て元気を出してね!」
するとおばあちゃんは「いや」と言った。え、断られちゃった⁉
「えぇ⁉ なんで嫌なの? おばあちゃん~」
半泣きになっていると「よく聞きなさい」とおばあちゃんが笑う。
『夢の中でおじいちゃんに𠮟咤激励された気分になってね。いつまでもおじいちゃんとの別れを悲しんでいたらいけないと思ったんだ。昼寝の後からは、たくさんご飯を食べている。だから退院できる日は遠くないよ』
「ということは」
『心春が植えた初めてのお花。どうか切らずに、そのままで。私は自分の目で、庭に咲いている花を見たいんだ』
「!」
おばあちゃんの力強い言葉に胸が打たれる。がんばれ、がんばれおばあちゃん!
「じゃあ私、お花の世話をしながら待つね! もちろん空くんと一緒に!」
『はは。そうしておくれ。じゃあ会える日まで元気で過ごすんだよ』
「うん、ありがとうおばあちゃん。大好き」
『私も大好きだよ、心春』
電話が切れた後、私は涙で濡れた頬をそっとぬぐう。心が温かい。幸せな気持ちでいっぱいだ。軽くなった足取りで、空くんを追いかけて庭へ出る。
「心春、終わったのか」
夕日の下、空くんがホースで水をまいている。ホースから飛び出した水はキラキラと空中で輝いた後、花壇の土へ浸透していった。宙を舞う水滴が、オレンジ色の夕日を反射させている。風でなびいた空くんの栗色の髪も、水滴と一緒に光って見えた。
「きれい……」
「心春?」
「何でもない」と慌てて誤魔化し、「手伝うね」と空くんへ駆け寄る。だけど空くんはホースの水を止めた。そして私の頬を、優しく両手で包み込む。
「また泣いた? 涙がついてるぞ」
「も、もう大丈夫。泣いてない」
「それなら良かった」
空くんは笑って離れた。その時にちょっとした違和感を覚える。違和感といっても、胸がザワザワするものじゃない。むしろ逆。空くんが何かに吹っ切れたように清々しく見える。きっと気のせいじゃない。
「心春、これ」
「え、わ!」
投げられたのは、さっきまで空くんに拭いてもらっていたタオル。そう言えば、私ズブ濡れだったんだ!
「ここはいいから風呂に入ってこい。今のままだと風邪引くからな」
「でも」
「心春が風邪を引いたら、ばあさんが心配するだろ」
「!」
そうだ。もういつおばあちゃんが帰って来てもおかしくない。せっかくおばあちゃんが帰って来るのに、風邪を引いて寝込むわけにはいかないよね!
「わかった、ありがとう。お風呂に行ってきます!」
「ん。しっかり温まれよ」
家に入る前に、もう一度空くんを見る。すると空くんはやっぱり今までとはちょっと違う顔で、いつもよりもしっかりしたカッコいい顔で、ずっと私を見つめていた。
「なんだよ心春、忘れ物か?」
「う、ううん!」
その顔を見たら心臓がドクドク跳ねて、何も言えなくなった。半ば空くんから逃げるように家へ入る。
「はぁ、なんか空くんが心臓に悪いよっ」
ドキンドキン
「空くんって、あんなにカッコよかったっけ?」
元々カッコいいのは知っているんだけど、今日はこう、もっとキラキラしているっていうか。そう感じ始めたのは、おばあちゃんと電話をした後からだ。
「空くんに、何の変化があったんだろう? それに私……さっき空くんを見過ぎていたよね。変に思われなかったかな?」
顔が熱い。でも、これは熱が出たとかじゃなくて。この胸の内側から火照る熱さは、きっと――
「はー、ふ~」
何度か深呼吸をして落ち着く。ふと、椿ちゃんに話したことを思い出した。
――私と空くんは遠縁であり、ただの友達だから
「ただの友達……」
自分で言ったことなのに胸に引っかかる。ということは、私は空くんを「ただの友達」だと思っていないのかな?
「私にとって空くんって、どういう存在なんだろう」
おばあちゃんが言うように、空くんが「大事な人」なのは間違いない。だけど大事な人って、どんな風に大事なの?
「クシュン! うぅ、さすがに冷えて来た」
頭を冷やしてじっくり考えたいところだけど、まずは全身ずぶ濡状態をなんとかしなきゃ。風邪を引いたら、絶対に空くんに心配かけちゃうもん。濡れた服に苦戦しながら脱いだ後、やっと私はお風呂に入った。



