花屋のガーデニング委員会!



朝、ゆっくり話せたことがウソみたい。そう思うほど休み時間中、空くんは女子に囲まれていた。麻衣ちゃんは「飽きないねー」と呆れている。

一方、私はというと……なんとも言えない気持ちになっていた。私の心の中、雪みたいに何かが積もっているのは分かるんだけど、それが何かは分からない。だけど空くんが女子と話して笑う度に、胸が重たくなる。この気持ちは何だろう?

帰りの会になってもその正体が分からなくて「うーん」と悩む。同時に、教壇に立つ先生が「よーし」と皆を見回した。担任は、全身ムキムキマッチョがトレードマークの近藤令(こんどうれい)先生。漢字が「きんとれ」とも読めるから、皆からキントレ先生って呼ばれている。キントレ先生は短い髪をワシワシと(さも面倒くさそうに)かいた後、

「これから各種委員会を決めるぞー」
と本当に面倒くさそうに黒板に全ての委員会を書き始めた。黒板に書かれた委員会の名前を見つめる。ひぇ、けっこう多い!

「ん?」

先生が最後に書いたのはガーデニング委員会! 朝、校門で見たプランターを思い出す。見えた文字は「ガーデ」。きっと「ガーデニング委員会」って書いてあったんだ!

「まずは立候補から行くかー。誰かやりたい委員会はあるか?」

キントレ先生がぐるっと教室を見回す。だけど居眠りするように、皆は一斉に視線を下げた。もちろん私も同じで、自分の上履きを穴があくほど見つめる。

「うーん、誰もいないのか。それならあみだくじで決めるしかないな」
「「「え~!」」」

これしか方法がないと知りつつも、もしも自分が当たった時のことを思ったら反論せずにいられない――皆の心の声を聞きつつキントレ先生は「恨みっこなしなー」と黒板に線を書き足していく。委員会は全部で十種類。つまり十人に選ばれなければいいんだ!

私が選ばれませんように! 無事に平和が訪れますように!

だけど、ふと校門のプランターを思い出す。あの花、もう少しで枯れそうだった。すぐに手を加えないと手遅れになる。でもガーデニングに興味ない人が委員になったら? きっと花の命は、すぐに終わっちゃうだろうな。それって悲しいことだよね。

「……っ」

わずかに右手に力が入る。不安だけど「委員会をやりたい」と思った。だって、もし私の力で助けられるなら助けたいし。一つでも多くの花に、キレイに咲いてほしいから。

――よし。勇気を出して、右手を持ち上げる。私ならできる。私なら、やれる!

だけど……心のどこかで「やっぱり無理かも」と弱気な私が顔を出す。だって、しょせん私は花壇の土を作っただけだ。ガーデニングの知識があるわけじゃない。種だって、何から植えていいか分からなくてちんぷんかんぷん。

それに私が間違った手の加え方をして、あの花を枯らしてしまったら?

胸まで挙げた手から力が抜け、だんだんと高度が下がっていく。「失敗したらどうしよう」と「挑戦してみたい」の気持ちが、私の中で暴れ始めた。うるさいくらい心臓がドキドキ鳴る。鼓動が大きすぎるせいで、体が揺れて景色が二重に見え始めた。あ、あれ?
どんな風に手を挙げればいい? 気付かれなかったら、先生へ声かけが必要?

考えれば考えるほどパニックになる。やりたい気持ちはあるのに勇気が出ない。もう先生はあみだくじを書き終わってしまう。早く言わないと……!

カシャン

見ると、私の後ろで転がるペン。持ち主の空くんが「ごめん」と席を立った。あの席からココまで、何をしたら飛ぶんだろう。私の方がペンに近いため、空くんと同じく席を立つ。そして拾い上げたペンを「はい」と渡した、その時だった。

ギュッ

「大丈夫だ」
「ッ!」

真っすぐ私を見つめる空くん。ペンを持つ私の手ごと握りしめた。

もしかして空くん、私の気持ちに気づいている? 私がガーデニング委員会をやってみたいって、分かっているの?

不安な顔で空くんを見上げる。すると今まで真剣だった空くんはフッと笑みを浮かべた。もう一度「大丈夫」と言い、私からペンを受け取り自分の席に戻って行く。

――大丈夫だ

あの声の力強さに勇気が出た。「自信を持て」って言われた気がしてヤル気がみなぎる。それに一度席を立ったおかげで、体の力が抜けていた。さっきまで「重たい」と思っていた右手が、簡単に机から浮く。

ふー……よし。今の私なら、きっと出来る!
皆が先生から目を逸らす中。再び勇気をもらった私は、スッと右手を挙げた。

「先生……私、ガーデニング委員会をやりたいです」

ザワッ
やりとりを聞いた皆の目が、一斉に私へ向く。ひぃ、大注目だ!

「そうか! ありがとうな花屋、よろしく頼むぞ!」
「は、はいッ」

ドキドキしすぎて倒れちゃうかと思ったけど「ありがとう」と言われて嬉しくなった。勇気を出して良かった! きっと一人だと手を挙げられなかった。空くんのおかげだ。

「もしかして……」

空くんがペンを落としたのって、わざとかな? 私が困っているのを知って、ペンを投げてくれたのかも。「何をしたらペンがココまで飛ぶんだろう」って思ったくらい不自然な距離だったし……。きっと空くんが、私と話をするためにわざとしてくれたんだ。

「嬉しいなぁ」

腰を浮かせて前のめりになり、右側にいる空くんを見る。すると私に気付いた空くんが、親指を立てて満面の笑みで笑ってくれた。私も照れながら笑い返す。すると……

「花屋さんって案外に積極的なのね」
「え、積極的⁉」

右を見ると、長谷川さんが真剣な目で私を見つめている。もしかして空くんとの無言のやりとりを見られていた⁉
すると長谷川さんは「薔薇園くんも」と、半眼で空くんを見た。

「私を挟んでラブラブしないでほしいわ。居心地が悪いから」
「ラブラブって何だよ」
「していたじゃない」
「してない」

長谷川さんと空くんが、トゲトゲしい言い方で話している。他の皆は、先生に呼ばれた順にあみだくじへ名前を記入中。だから二人の不穏な空気に気付いていない。つまり私だけがワタワタ状態!

「ラブラブじゃないなら、付き合っていないの?」
「……付き合っていない」

なぜか空くんは機嫌悪く腕を組み、長谷川さんを見る。

「その割には距離が近いわよね。意味深に見つめ合っているし」
「は、長谷川さん! 気を悪くさせたならごめんね、次からは気を付けるから!」

だからもうこの辺で――とだんだんと声が小さくなる。あぁ、さっきみたいに勇気が出たら「この話は終わり」って言えるのに! するとキントレ先生から「薔薇園」と名前を呼ばれる。空くんはイスを鳴らして立ち上がる。そのまま移動するのかと思いきや、眉をひそめて長谷川さんを見下ろした。

「俺と心春は友達だ。友達を応援して何が悪い」
「え……」

声が出たのは長谷川さんじゃなくて、私。空くん、私のことを友達だと思ってくれていたんだ。嬉しいな! 嬉しいのに……少しだけ胸がチクッとしたのはどうして?
複雑な思いをめぐらせる私とは反対に、長谷川さんは「そっか」とアッサリな返事。空くんは「もういいだろ」と、この話に終止符を打って前へ出た。

「って薔薇園くんはあぁ言っているけど、それで正解なの?」
「ひゃあ!」

グリンと、長谷川さんが私を見る。フクロウみたいな首の回し方!

「二人の関係って〝友達じゃない〟もっと深い絆を感じるのだけど、気のせい?」
「!」

確かに空くんは元バラだから、空くんと出会ってから色んな体験をしている。だから普通の友達とは違う、深い絆があるのかも。
でも……そもそも深い絆ってなに? 友達じゃなくて親友ってこと?
首をひねっていると、珍しく長谷川さんがキラキラした目で私を見た。

「花屋さんは、薔薇園くんのことをどう思っているの?」
「どうって?」
「友達以上の気持ちはないのかしら?」
「それって……」

昨日テレビが言った花言葉を思い出す。ポピーの花言葉、恋の予感。恋……

「ッ!」

カッと、顔に熱が集まる! まるで私の頭上に灼熱の太陽があるみたいに、ブワッと汗が噴き出した! パタパタと風を送る私に、長谷川さんも「大丈夫?」と下敷きであおいでくれる。暴風にむせそうになりながら何とか笑みを作った。
すると名前を書き終わった空くんが席へ戻って来る。そしてタコの顔色をした私と、下敷きで私を仰ぐ長谷川さんを見て「何やってるんだ」と怪訝な顔をした。

……ふぅ、だいぶ熱が引いてきた。それにしても長谷川さん。あれほど空くんのことを聞いて来るってことは、もしかして……。
するとキントレ先生が長谷川さんの名前を呼ぶ。彼女はパリッとした声で返事をした。席を立って黒板に向かう直前、私へ顔を近づける。

「困らせちゃってごめんなさい。こう見えて私、恋愛話が大好きなのよ」
「へ?」
「また恋バナしてくれると嬉しいわ」

上品に笑って前へ進む長谷川さん。恋バナ、好きだったんだ……。
ビックリして開けた口をそのままにしていたら、空くんに呼ばれる。

「すごい顔になっているぞ」
「ごめん、つい……」

手動で口を閉じた時、空くんが「あ~」と気まずそうに声を出す。

「長谷川から何か言われたか?」
「何かって?」
「ら、らぶらぶ、とか」
「らぶらぶ……ふふ」

空くんの口から「ラブラブ」が聞けるなんて。可愛くて面白くて、思わず笑っちゃった。「あ」と急いで口を覆うも、彼の眉間には既に深いシワが刻まれていた。

「とにかくだな。嫌だと思ったら、ちゃんと否定しろよ?」
「それって……」

嫌じゃないなら否定しなくていいってことなのかな?