扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

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 とはいえ、何から手を付けて良いものやら。

「掃除……は一日がかりになっちゃいそうだし、必要資料を一カ所に纏めるところからかな」

 軍服の上衣を脱ぎ、シャツの袖を捲る。ハンカチを三角に降り、マスク代わりに。
 軍官舎の自室と比べ、将軍の執務室は温度が温かく保たれており、少し動くと汗ばんできた。髪が長ければ纏められるのに、と首筋を指先で拭う。

 書棚は混沌を極めていた。
 冊子状の資料の間に巻物状の物が重なり、手に触れた瞬間から床へと崩れ落ちていく。
 既視感を覚える光景である。

 中段の棚の中身を全て床に落下させた時には、流石に大きな声が出た。今日の指示外の物に関しては、木箱にとりあえずの措置として放り込み、また後日精査する事にしよう。

 空の木箱を探して資料室をうろうろしていると、書棚に突っ込まれている陶器の茶器と、湯を沸かすための魔術具が出てきた。横には破れた麻袋から零れている茶葉がばきばきに割れている。胡乱な目をしながら、凛子はそれらを纏めて救出し、窓際の細長い机に移動させる。

 もしかして先日出された茶はこれを使用したのだろうか。
 自ら淹れてくれるのは非常に有難いが、保管状況は見たくなかった。

 討伐以外の資料、予算に関する物、人員配置に関する物、軍備に関する物等、木箱をインデックス替わりにして詰め込み棚に戻す。年代や用途はまた後日の仕事になりそうである。

 仮眠室の中の資料は、対外国に向けた軍備資料や予算の稟議書も含まれていた。大資料室に返却しなければいけない物は判断に困る為、後程指示を仰ごうと、執務机に並べて置いた。

 執務室に新たに設置された凛子用の小ぶりな文机には、魔物討伐に関する題が表記されてあるものを抜き出し、積み上げていく。

 昨年の物だけで十二。今年の物はまだ残り二ケ月あるにも関わらず二十を超えていた。念の為一昨年の資料を集めてみると十。その前の年のは十二。平均的に月に一度は魔物討伐が行われているのかもしれないと予測をたて、昨年以降の討伐記録の日程を書き出すと、ほぼ月に一度行われていた。

 それが今年の三月以降、増えているように見えた。
 平均すると月に二回。三回討伐隊が出た月もある。
 
 当然、掛かる費用も倍近くになっている。
 人員に関してはこの数年大きな変化は無いものの、夏の祝祭週間にわたって行われた討伐は、通常よりも期間が長くかかっている。

 他に特筆すべき点は無いかと資料と向き合う。

 アゼリアスの地名は、まだ覚えきれていない所が多い。特に地方に関してはまだまだ。この国では国から与えられた土地と領民を管理する、封建領主制がとられており、六大公爵以下の地方を数えると、当然貴族の数だけの領地があり細分化されていた。

 昨年までの記録だと、魔物討伐で赴いた地の多くはゼリアス山脈沿い。イズラルとの国境線でもあるが、非常に険しい山岳地帯である。アゼリアス聖王国土の西側境界線沿いはすべてゼリアス山脈で形成されいる。余り人が暮らしていない地域だから魔物が活性化するのだろうか。祈りの道をゆく信徒達の宿場や街道等への被害が多いようだった。八割は森林被害。討伐対象はほぼ飛行種の魔物。

 が、今年の討伐はゼリアス山脈沿いだけではなく、全国土に散らばっている。

 学術都市近くの村では、収穫間際の大麦畑が飛行種の魔物の襲撃によって、壊滅させられていた。
 ラストゥーリャの祖父公爵が納めているシータ家の所領は、パリエス湾を望む蒼海沿いの土地なのだが、港付近で暴れた巨大海生物によって十艘を超える大型船が破壊され、港湾都市の住民や家屋にも被害が出ていた。

 他にも湖沼地方では、魔障が染み出す沼が発見され、食肉植物が大量発生したり、と例年の討伐に比べて、内容も様々だった。

 こうして記録を目で追っているだけでも、軍の職務が多岐に渡っている事が判る。そして魔物の知識が殆ど無い凛子から見ても、今年の討伐記録は広範囲、多種である。それに例年に比べ山岳地方での討伐は長期に及んでいた。

 自分がこれらの資料から判断を下すことはもちろん出来ない。
 あくまでも俯瞰から見て、気が付いたことを書き出していく。

 アゼリアスでの日常で、むこうの世界との多少の差異は感じるものの、営まれている生活はありふれていた。しかしこれらの記録は、あまりにも凛子の日常からかけ離れている。何も知らなかった。上っ面だけをなぞって、内包されている本質を知ろうともしていなかった。

 たったこれだけの記録からでも、軍神の居る場所は、常に危険と隣り合わせと見て取れる。だが、任務を常に遂行し、最低限の被害しか出さず隊を統率し続け、上に立つ彼の腕の身許は、確かに、どんな場所よりも強剛な気がした。