扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

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 アゼリアス聖王国の軍組織はおおまかに二つに分けられる。
 ひとつは近衛騎士団。おおまかには君主及び王族の身辺警護。そして奥宮内の警備。こちらは意外にも執政庁下内務院の組織である。

 もうひとつが、アゼリアス聖王国聖王騎士団を中心とした軍隊組織だ。

 本部は王宮内にあり、アゼリアス聖王国の軍事を一手に引き受けている。全国土にわたって主要都市毎に下部組織として支部が組織されており、それら全てを統括しているのが聖王騎士団本部である。トップには国王が君臨し、その下に元帥。左右中将軍。と続く。

 現在、元帥である大公は先王の叔父でかなりの高齢者という事もあり、軍務は実質左右中将軍とその副官を中心として采配されていた。左将軍は六大公爵家のカインズ公。代々王国軍の要職を務める武人一族の人間で、見るからに武闘派の男である。齢六十に届きそうな年ではあるが、筋骨隆々の大柄な体躯で、太く重い長剣を軽々と捌く。

 中将軍は一代男爵から成りあがった四十過ぎのファスト公。伯爵家の非嫡出子の生まれだが、外見の美しさから王宮外門の警備兵にスカウトされ、騎士団に入る足がかりを得たかと思うと、実力で順調に階位を上げて、ついには一代爵位の叙任を受けた。赤褐色の髪は未だ艶やかで豊かだ。容姿に違わず、物腰も柔らかく、彼を崇拝する者は多い。

 そして右将軍。魔術師部隊の精鋭を率いるアゼリアス聖王国の軍神。近年目立った戦争の無いアゼリアスだが、隣国イズラルとの小競り合いが耐えることは無い。また、時折沸く魔物討伐に駆り出されることが多いのも右将軍下の部隊である。

 魔術や魔法を中心とした彼の戦略は、見た目も派手で美しく、またその殲滅力も高い。当代右将軍が、短期間で物事解決させるための遊撃を担うのは、他国からしてみるとかなり特殊に見えよう。

 というのも、いまだに王位継承権では皇太子、皇太孫に継いで第三位に位置している右将軍は、自らが荒事に身を投じる事を好んでいるからだ。彼より軍歴も長い右将軍と左将軍が、新たに立った若い将軍を煩く思っているわけでは無く、無理難題を押し付けているのでは決してない。

 王宮の東西南の外門を警備しているのは、近衛と軍本部と王都支部から混合で選出された警備専門の部隊で少し特殊である。王国の顔とでも言える王宮門前で繰り広げられる見目麗しい青年達の交代時の行進は、言わば国内外に向けた宣伝。毎日定時で交代の行進が行われる時は、ちょっとしたイベントでもあり、見学も多い。

 凛子の王国軍本部での仕事初日は、シェイルの副官ウェントワースの秘書官を務めているローワンに連れられて、おおまかな組織概要を勉強する事で既に半日が過ぎた。

 時折小ばかにしたように眼鏡を押し上げ冷やかな視線を投げかけてくるのが、鼻につくものの、彼の説明は非常に判りやすくもあり、天文院ではOJTを全く体験していなかった凛子にとっては新鮮で非常に有難い。本当は手帳に記録をその場で書きつけたい所だが、凛子の所有する現代日本の文具等は、天文院長官の執務室以外で使用するのをきつく禁じられている為、我慢だ。

 何度も頭の中で反芻するうち、実際、漠然としていなかったイメージの軍組織が、頭の中でうまく線を繋いでいく。

 例えば、王を頂点とするアゼリアス聖王国はいずれのトップも聖王の名が挙げられる。
 その下に執政庁(内政外政及び財務総務)、学術庁(学問研究開発記録)、聖王騎士団、そして横組織との直接的な繋がりを持たない聖王庁(教会組織)があり、さらに各庁の下部組織がぶら下がる。

 ラストゥーリャの所属している天文院は学術庁下の天文院であり、その長官である彼が、シェイルより地位が低いと話していたのは、聖王騎士軍組織の天文院にあたる部署が、階層的には各都市にある支部であり、その支部長が同位になるからだ。

 それにしても、姿勢良くかつかつと軍靴を鳴らし先を行くローワンの歩みは、正直いうと凛子にとってはかなり早い。アゼリアスで生活を始めてから、体力は相当ついたとは思う。が、半日も休憩無くして王宮内をうろうろしていると、足が縺れそうになる。

 足首をきっちりと締める革靴の内部は、履きなれていない所為かまだ硬く、爪先や踵の上あたりにじんわりとした痛みを伴っている。靴を脱いだら酷い浮腫みが見られるかもしれない。

 靴擦れ出来たかも。と半ば涙目になりながら、短く切りそろえられた銀髪を睨みつける。勿論、ローワンの所為ではないのだが、徹頭徹尾凛子に対して一切の配慮無く、どちらかというと、お荷物を抱えられた大迷惑を顔に張り付けている男とは、そう簡単に相容れない気がする。

 ローワンが自分に対して、良くない印象を持つのも重々承知。というか、軍本部のほぼ全員がそう感じていたとしても、仕方がない。なぜなら凛子の現在の立場は、必然性無く捻じ込まれている。

 右将軍は今まで秘書官を持ったことが無かった。自分の周囲に他人が在る事をあまり好まない性質であるのはとても有名で、なおかつ秘書官を持たずとも、彼の仕事ぶりに綻びが生じた事は今まで一度もなかった。故に、その必要性を感じられないから、秘書官を持たなかったのだ。

 が、この配置換えのタイミングでも何でもない時期に、突然一人の秘書官の登用を決めた。しかも自ら推挙してだ。

 月初めの定例会議前に紹介された一人の女は、異国風の面立ちをした黒目黒髪の若い女だった。年の頃は成人したて位に見える程幼く見えた。二つの色持ちである事から、相当量の魔力値を有しているのかと思えば、そうでもなく、魔力値としては一般以下。前職は中央官庁の官吏で、軍に関する事は門外漢、完全に文官畑の人間。

 秘書官の仕事とは、雑事をこなすだけではない。

 文書作成能力や、収支計算能力、および上官のスケジュール管理や体調面でのケアは当然の事とし、時には訓練の相手もこなすという多岐に渡る業務が待ち構えている。

 任務上、上官の行程にも常に随行する。つまり、軍部での秘書官は、凡庸な人間が担えるような簡単な仕事ではなく、知力、体力共に優れた人間でなければ、全うできない。

 しかし、リィン・カミーヤは、アゼリアス王国軍の基本的な構成さえ知らず、王宮内を休まず歩いただけで息切れはする始末だった。右将軍がどういった意図でこの女を登用したのかは、見当が付かなかった。

 美醜の面では醜いというわけではない、が見惚れるほどの外見的な美しさを要しているわけでもない。右将軍の性格からいって、愛人を個人的に雇用したとはとても考えられないから、そう云った可能性は無いとも断言出来る。ひとつだけ、挙げられるとしたら、あの学術庁天文院長官の元に居たという前歴から、忍耐だけはあるのかもしれないが。

「最後に、厩舎へ。任務では上官への随行の際、騎獣を使用する機会が多いです。ですから騎乗訓練は必須。貴女は見た事はありますか? 昨今は街路市等でも小型の魔獣を稀に見かけるらしいですが」

 いつか来た事がある厩舎の前で立ち止まり、ローワンはどこまでも冷えた視線を凛子に落とす。
 一般庶民ではなかなか見る事の無い、魔力を有する獣達が檻の向こうで体を休めている。俊足種や機動性に優れた種、持久力自慢の種、飛行種はいわゆる小型の竜だ。

「一回だけ有りますよ。牽いてもらってですけど……」

 意外過ぎる答えにローワンは成るべく表情を変えないよう努めた。
 そして次に凛子が「あ、この子」と指差した魔獣に、目を細める。

 魔旋狼。機動性に優れ乗りこなすのが難しい種である。
 騎獣は基本的に野生の魔獣を飼い慣らし騎乗出来るように訓練されたものだ。魔旋狼は性質が荒々しいと同時に繊細すぎて。自分より格下と見做した者は絶対に乗せない。

 今檻の中にいるのは、この厩舎の中でも特に難しい性質をしている個体で、アゼリアス王国軍の中でも片手程の人間しか制御出来ないのだ。それを牽いてもらってとは云え、乗りこなすとは、目の前に居る細い女からは、正直想像が出来なかった。

 注意する間もなく、女の細い指先が、手前に寄って来た魔旋狼の鼻筋を撫でる。じっとその様子を見ていた獣はうっそりと目を閉じ、喉を鳴らしたのだった。