扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

 大聖堂では、大神官が神への祈りを捧げ、その言葉の終わりと入れ替わり、聖王が祭壇に秋の収穫物を捧げ神への感謝と民への慰労の礼をつくす。

 こういった儀礼に参加するようになって、もう何度目になるであろうか。
 ミアリエルは欠伸を噛み殺しながら、父王の背中を眺めていた。ミアリエルにとってはとても落ち着く、やや低めの声で、長く格式ばった礼の言葉を耳にしていると、気を緩ませた途端瞼が落ちそうになる。

 それに、いつもならそっと体を支えてくれる頼もしい腕が近くに無い。今夜、兄のシェイルは例年に無い国外からも来ている賓客対応の為、王宮に詰めており、ミアリエルの両脇には近衛の騎士が直立不動の状態で控えていた。

 近頃、二番目の兄の顔を見ていない。

 父王に正妃、一番目の兄夫婦やその息子とは相変わらず頻繁に顔を合わせているし、三番目の兄も時折、ミアリエルの好みの菓子などを持参し、奥宮まで冷やかしに来るのだが、奥宮に自室が有る筈のシェイルは全くといっていいほど姿を見せていなかった。

 噂によると、このところずっと、軍本部の彼の執務室で夜は休んでいるらしい。

 春頃に自分の起こした小さな事件以降、ミアリエルの狭かった世界は、一瞬だけ広がった。しかし、またもや籠の中の鳥に逆戻りである。一番大好きな兄の顔が見れると思っていたのに、期待はあっさりと裏切られた。久方ぶりに王宮の外に出たとはいえ、儀礼に参加するのは王族の義務の一環でもあり、心躍る程ではない。

 ふと、あの時出会った異国風な面立ちの女性を思い出す。短い期間のうち手紙を幾度も遣り取りし、二番目三番目の兄たちとは、縁遠からずと云った風だったのに、自分とは同志だったのに、最後に交わした手紙以降、返信が無い。無事、彼女は故郷には戻れたのだろうか。

 深夜を告げる鐘の音が響く。澄んだ音の余韻の後、聖王が退室し大神官と聖官たちが静かにそれに続いた。

 これじゃ……王宮から打ちあがる花火見物には間に合わないじゃない、とミアリエルは心の内で溜息を吐く。

 確か昨年は日を跨ぐ前に儀礼がしっかりと進行し、帰りの籠の中から王宮から夜空へとあがる打ち上げ花火を観覧した。がっかりした気持ちを隠し切れず、眉を下げていると、女官のエマウが慰めるように微笑み、ミアリエルの頭にヴェールを掛けた。

◇◇◇

 深夜を告げる報せと共に、大聖堂へと続く山道の灯火が一斉に落とされた。王都と王宮内の灯りも極限まで抑えられている。一拍、二泊置いて、大櫓へと点火され、巨大な炎が夜の空へと立ち昇り、群衆から、どっと歓声が沸き起こった。

 王宮もそうなのだが、この世界の建物は石造りの物が多い。秋が深まりつつある季節は、日中と朝晩での寒暖差もまた、大きくなる。凛子は官服に合う目立たない色合いのストールに首を埋めた。外宮二階のテラスは深夜を迎えて底冷えにくわえ、冷たい外気温に直接触れ合う羽目になる。

 吐く息がなんとなく白いのは気のせいだと思いたい。東京と比べるのもおかしな話だが、緯度的な観点で考えてみると、アゼリアスはこちらの世界の地理でも、ずっとずっと北に位置しているのだろう。

 真冬とまではいかないが、冷えた深夜の闇空を切り裂くように大輪の花弁を揺らす花火は、夏に見るそれと違って、ずっと硬質な輝きを放っているように見えた。少しの間、仕事を忘れ、美しい光景に見惚れていた。近くでは炎の扱いを得意とする学術庁下の魔法士や魔術師達が、手にした花火筒を直接手に持ち上空に掲げ、絶え間なく、あるいは規則的に、点火していた。作業する側の彼らもまた、楽しそうだ。

 王都の中央櫓付近からも、呼応するように花火が打ちあがる。王宮と王都、掛け合いの様に華やかな彩りの花火が、世界を瞬間照らし、余韻を持って闇に消える。そして王宮から滝のように落ちる花火が、フィナーレを飾るのだ。

 是非とも正面からそれを見てみたい。と思ったのだが、持ち場を離れるわけにもいかない。空の筒を回収しながら、せめて、斜めから全景が見えやしないだろうか。という考えからテラスの東端の影に身体を寄せる。柱の横から少し身を乗り出し、その瞬間を待っていた。

 深夜過ぎにも関わらず、このテラスにも、もちろん外宮前広場にも大勢の人間がいた。凛子は、その後、自分の身に起こる事など、知る由もない。

 柱の影にある女の体が、ぐらりと揺れた。
 唐突に、背中から何者かに押された、感覚。
 彼女が何かを口にする間も無い、僅かな時に。

 外宮回廊から溢れる光の滝に、群衆からの歓声があがり、女の叫び声は掻き消された。
 視界がぐるりと反転し、落ちる、落ちている。と認識した刹那、右腕から発動した防御の魔力が彼女を包み、強制的に場を転移させた。

 数日前に彼女が何気なく、この国で一番安全な場所かもしれないと考えた、アゼリアス王国軍本部所属右将軍の居る執務室。
 
 かの将軍の真上に。