扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

「ご、ごはんとお酒は美味しく食べたり飲みたいよおおおお……!」

 両腕を突き上げ、開け放たれた窓から大声で叫ぶ凛子の肩を、エイゼルは慰めるようにぽんと叩くだけに留まった。

「エイゼルううううう」
「おつかれ」
「冷たい!」
「だって俺なんも出来ないしな……頑張れ」
「がんばれ、る……自信ないっ!」

 胃に穴が開いたら労災降りるのかなあ。
 とエイゼルの知らぬ異世界語を呟く凛子の顔は、珍しく蒼褪めている。

 ともに、どちらかというと巻き込まれ体質な二人だが、エイゼルの仕事内容は放浪時と現在とでは、大きな変化は無い。ずっと王都に縛り付けられていると多少の息苦しさは感じるものの、新しい環境で出会った人間達との関係性は割と気に入っていた。

 珍しく、騒々しい音を立て、叡智の塔主の執務室の扉が開かれた。
 やや乱れた衣は、あの長い階段を駆け上がってきたからだろうか。

 基本的に王宮内で転送魔術の陣の類は特例時を除き使用出来ない。つまりエイゼルも凛子も、はたまた彼らの主も、毎日、何度も長い階段を上り下りしている。

「リィン……」

 額にかかった髪を片手で避けながら、ラストゥーリャは殊更重々しくその第一声をあげた。

「トゥーリャさあああああああん!」

 すっかり萎れていた凛子は、芽を吹き返したように立ち上がりラストゥーリャの胸へと飛び込む。

「お、落ち着きなさい。そういう行動がまた誤解を生むんです!」

 賢者は、両手を突き出すようにして凛子を自分の身体から剥がす。

「ともかく、今から軍部に行って参ります。それまでこの部屋から出ないこと。いいですね?」

 ぶんぶん力強く頷かれる頭に、ラストゥーリャは、随分と自分も彼女に信用される人間になったと思いつつ、「よろしい」とだけ返し、再び部屋を後にする。叡智の塔から軍本部までは、王宮の最東端と最西端。それぞれがそれぞれにとって一番遠い場所に位置していた。終業の刻限も迫っており、大聖堂帰りのラストゥーリャは、下級官吏の如く回廊を疾走せざるを得なかった。