勇者に嫌われていると思ったら、実は執着されていました

「今日はここで野営するか」

 食事と水浴びを終え、それぞれが寝床を設置していく。なぜかジェダが離れてテントを広げた。
 いつもは私の隣になのに、どうしたんだろう。

「ジェダ! あんまり離れるなよ」

 レオが叫ぶと「今日はこっちで寝る」とジェダが返答した。無詠唱で火を起こし、周りに花を咲かせている。きらきらと魔法の粒子が光っていた。
 何、あの雰囲気作り。一人で夜空でも眺めるのかな。

「みんな、おやすみー」

 我関せずとテントに入ろうとしたところで、ジェダに呼び止められた。

「セレナ。大切な話があるから、……こ、今夜は俺のテントに来てくれ」
「ええ〜ヤだ。今ここで話して」
「いいから早く来いって」
 命令口調むかつく。
「おやすみ。夢の中で会って話してね〜」
「おいっ」

 私がテントに入ろうとすると、ジェダが猛スピードで走ってきた。
 ぎゃあああっ顔が怖いっ殺されるっ!

 素早く魔法を詠唱し、誰も入れないように結界を作る。間一髪で助かった。

「セレナ! 開けろ!」

 叩く度にグラグラと視界が揺れる。パワーが勇者すぎる。これでも国で選ばれた白魔法使いの結界なんですけど?!

「ジェダ! やめて」
「じゃあ早く解け。……大事な話がある」

 低い声に私の背筋が凍る。でも同時に身体のどこかで火花が弾けた。私を奮い立たせる。
 いっつもいっつも偉そうにしてさぁ! 

「そういうところが、嫌い」
「……は?」

 魔王を倒した直後、ジェダは傷だらけだった。すぐに回復魔法をかけたかったのに『近づくな!』って手を振り払われて。
 拒絶されて私は、初めて自分の気持ちに気がついたんだ。

「偉そうにするジェダが大っきらい! 絶対に入って来ないで」

 違う。本当は……。
 でもずっと拒絶されて、このまま旅を終えるくらいなら、思いっきり振られたい。

 私の指先が震えている。はぁ、はぁ、と吐息が漏れ、鼓動が激しく響いた。
 暗闇で焚き火がパチッと弾ける。火の粉が目の前で舞っているのに、ジェダは微動だにしない。
 やがてゆっくりと唇だけが動く。

「は……? 嫌い、嫌いだと?」
 
 叩いてもないのに結界がビリビリと揺れる。
 ジェダの身体がズレたと思ったが、そうじゃない。結界に亀裂が入っていた。
 青い双眸が私を見下ろしている。

「え、待って、怖い……」

 助けを求めてレオとジュリアを見た。
 だがレオは腕を組んであくびをし、ジュリアに至っては遠目でジェダを眺めている。

「勤務時間外だ。俺は寝る」
「そうね。夜更かしは美容の大敵だし」
「うんうん。筋肉も休めないと強くならん。俺、カラダ大事。だからジェダをとめない」
「二人で話し合う良い機会かもね」
「同意」

 二人は胸の前で十字を切って祈り、さようならとテントに入っていった。

「レオ、ジュリア、待って……!」
「他の奴の名前を呼ぶな! 誰が、誰のことを嫌いだって言うんだ」

 獰猛な唸り声に地鳴りがする。結界の亀裂が広がって気圧が一気に下がった。

「うそ、あっ……!」

 隙間から風が吹き込み、息ができなくて思わず目を閉じる。腕で防御してやり過ごし、再び目を開けると、結界は壊れていた。

「ひどい。私の結界が」
「酷いのはセレナだろ。お、おれのこと嫌いって言った……」
「嫌いなものを嫌いって言って何が悪いの」
「は、セレナさぁ、マジで」

 茫然とジェダが呟く。
 歪みが端正な顔に広がっていった。

「とりあえず俺の天幕に行こう」

 その手が私の身体を抱き上げた。視界がグラッと歪む。至近距離になり、鋭い視線とぶつかる。 
 そんな怖い目で……本当に、本当にジェダは私のことが嫌いなんだ。
 身体は浮かんでいるのに、心だけが重力に従って落ちていく。

「話し合うだけだから、大人しくしとけ」

 私は力の限り手足をばたつかせた。

「ジェ、ジェダなんて嫌い、 暴力反対、借りパク大反対! ハンカチ返してよバカぁ!」
「セレナが俺を嫌いでも、俺は一生ついてまわるからな」
「えっ、なんで。まさか」
「そのまさかだよ、悪いか!」

 私を横抱きにしてジェダの足はテントに向かう。綺麗な花が咲いていた。さっきジェダが魔法で咲かせていた植物だ。

「この花も、セレナのために咲かせたんだ。言わなくても分かるだろ」
「私のため? ……あっ」

 まさか、棺桶に入れる手向けの花だったりしますか。き、きらいの最上級を実行しようとしてる?

「やだやだ殺さないでよぉ!」
「だっ、だれが殺すか。お、おれはセレナを……す、す、」
「スパイじゃないぃ魔王の手先じゃないから。これでも由緒正しき侯爵令嬢!」
「知ってる。一旦黙ろうか」

 低音で身体がビリッと震えた。ジェダは口腔内で何かを呟いた。
 これって……。

「俺が殺すわけないだろ。……少しだけ話を聞いて欲しい」

 気がついた時には、身体の動きが制限されていた。制御魔法だ。

「何をするの」
「唇にも制御魔法をかけるか」
「黙ってます。お話をどうぞ」
「よろしい」

 青い瞳が私を見つめる。身体の密着した部分から、鼓動が強く響いてきた。
 ジェダがふと視線を逸らす。頰が赤い。
 
「俺は……セレナが好きだから、魔王を倒したら、つつ、つきあおうって、伝えたくて」
「……嘘でしょ」
「嘘じゃない」
「だ、騙そうとしてる。格好良いからって令嬢を騙して恋愛詐欺をしようとしてる!」

 我ながら最低な答え。甘い空気が恥ずかしくて、私の唇が止まらない。ずっと素直じゃなかったから、ここぞで本音が出せない。思考が捻くれてるから、心も曲がっちゃったんだ。

「セレナ、頼むから最後まで聞いてくれ」

 本音を言えないって自分も他人にも、寂しい気持ちにさせる。
 ジェダの悲しそうな顔から、視線が外せない。

「俺は誰かに告白するのは、初めてなんだ。詐欺じゃない」
「……」

 ジェダは言葉遣いこそ乱暴だけど、嘘なんて言わない。
 でも納得いかないよ。だってポーションを凍結させたり、料理を無言で食べ尽くしたじゃん。不味いでもいいから、何か言って欲しかった。

「知ってるだろ。俺は器用な人間じゃない」

 目を伏せ、眉根を寄せるジェダに何も言えなくなった。

「セレナは侯爵令嬢だから、城に帰ったら、もう気軽に話せなくなる。だから……今のうちに本当のことを伝えておきたい」

 風が吹いて、ジェダの髪が揺れる。プラチナブロンドが星とともに瞬いた。

「俺が勇者に選ばれた時、身分が低いから非難受けた。でもセレナだけは『誇らしいことだから、一緒に堂々としよう』って発破をかけてくれたよな」

 うん。
 私も選ばれて嬉しい反面、ものすごいバッシングを受けた。魔王討伐は危険だけど名誉あることだから。
 でも家柄で選ばれたんだ、とかあることないことを言われた。だからジェダの気持ちは痛いほど分かったんだ。

「その時の笑顔が可愛くて、一目惚れだ。その後も気さくに接してくれるから、好きが抑えられなくなって」

 私は思わず視線を逸らした。綺麗な花がそよそよと凪いでいる。
 あの時、ジェダも嬉しそうに『魔王を倒して見返してやろうな』って言ってくれたから、私も頑張れた。

「ポーションを貰った時は嬉しくて、今でも凍結して保存してるし、初めて手料理を振る舞ってくれた時は、誰にも食べさせたくなかった」

 ……ちょっと驚いた。でも嫌われるより全然いい。
 てっきり私のことが嫌いだからだと思っていた。だって嫌いな人からの贈り物って使いたくないもん。……ジェダもそうなのかと思ってた。

「子供っぽいことをして、ごめん。おれ、セレナが好きすぎて、普通に振る舞えなくなったんだ」

 私もそうだよ。
 ジェダから嫌いだって言われるのが怖くて、先に言ってしまった。

 私は小さく呼吸した。冷静な声を出そうと肺に奮起を促す。
 ジェダと密着しているから、鼓動が早鐘を打っている。

「……魔法を解いて」
「分かった。でも先に言っておくことがある」

 なに?

 スッと青い目が細まる。輝きを閉じ込めたのに、鋭さが増した。

「セレナが俺のことを嫌いだって言ったけど、あれは冗談だよな?」
 
 ジェダの青い目に翳りが宿る。私の身体を掴む手が震えていた。