勇者に嫌われていると思ったら、実は執着されていました

「傷を治してくれ」

 差し出された逞しい腕。
 勇者のジェダが私に回復魔法を求めてきた。

「早く」
「う、うん」

 手をかざし、呪文を唱える。赤い傷口が閉じて一筋の線になった。段々と肌色に馴染んでいく。

「はい、治ったよ」
「……ありがとう」
「え」
「何だよ」
「ううん、なにも」
 
 最近、態度が柔らかくなったな。
 前までなら「他人の心配より、さっさと魔力回復ポーションを飲め」だったよね。

 私は隣にいる拳法家のジュリアに目配せをした。ジュリアは腕を組み、豊満な胸が上向きになっている。

「ね、ジェダって最近変だよね」
 
 小さな声で訪ねると、ジュリアは蠱惑的な目を細めた。プラチナブロンドが揺れる。

「魔王も倒したし、そろそろ旅も終わるからじゃない?」
「というと?」
「別れの時間が迫ってきたからよ」

 ジュリアは腕を絡ませてきた。私の黒髪に唇を寄せてそっと囁く。ドキッとする仕草に何も言えなくなった。

「セレナは気がつかないの?」
「な、何に?」
「ジェダの態度によ」
「あ〜、なんとなく分かってるよ」

 ジュリアは笑みを深めた。

「良かった、ジェダの思いは伝わっていたのね」
「うん。ジェダは私のことが大っ嫌いで、恨まれるのが怖くなったから優しくなったんだね」

 言い切ると、ジュリアが「え?」の顔に変わる。

「私、白魔法しか使えないから、呪いたくても呪えないのに」
「セレナ、あのね。ジェダは」

 数メートル先にいるジェダが振り返り、岩も吹き飛ばす勢いで一喝する。

「セレナは俺の後ろに来い!」

 あ、いつものジェダだ。
 無言で見つめていると、段々とジェダの顔が険しくなっていく。しびれを切らしたのか、私の前まで来た。

「自分の立場を考えろ。怪我をしたら、身分の低い俺が恨まれる。仕方ないから守ってやるんだ」
「別に守ってくれなくてもいい」
 ジェダの眉がピクリと動く。
「なんだと」

 アタッカー役の魔法剣士、レオが「まーた始まった」と仲裁に入った。

「二人ともいい加減にしろ。魔王を倒して後は帰還のみ。あ〜どいつもこいつもチームワークを乱しやがって!」

「だから最短で制圧できたんだ」

 ジェダが青い瞳を細めてふんぞり返る。

「セレナを守るために、魔王軍と全出力大暴走で戦っちゃったくせにね。素直じゃないわあ〜」

 金髪をかきあげてジュリアが呟く。ジェダの端正な顔が歪んだ。

「姉貴、それは解釈違いだ。怪我をさせたら侯爵家に恨まれるからであって、俺はセレナなんか……せ、セレナなんか」
「あのさ、さっきの雑魚モンスターを倒すのに、あんなに時間をかける? わざとらしく怪我なんかしちゃって。ダルいわ」
「違う!」
「我が弟ながら不憫な奴。拗らせちゃって」

 拗らせて? 
 ううん、ジェダはウザいだけだ。
 脳内で文句を流していると、ジェダが睨んできた。慌ててレオの後ろに隠れる。ジェダの鋭い目がますます吊り上がった。
 金髪碧眼の美形って迫力があって怖い。

「さ、行くわよ〜。……セレナごめんね。あんな奴でも弟だから可愛いんだ。悪いけどジェダに守られてやって?」

 ふるるんっと胸が揺れる。
 美しさは正義だ。スタイル抜群の綺麗な顔で微笑まれると、女の私でも見とれてしまう。

「ジュリアがそう言うなら……」

 しぶしぶと私はジェダの後ろに並んだ。

「なんでジュリアの言う事には素直なんだよ。俺だって同じ顔なのに」
「心が違うじゃん」
「あ゙ぁ?」
 
 うう、こわ。同じ18歳とは思えない。

 レオが呆れた声で「喧嘩するなよ。そろそろ行くぞ」と仲裁してきた。
 モヤモヤしながらジェダの後を着いていくと、レオが困り顔で私の肩をつつく。

「何よ」
「あのさ〜、こんなこと言いたくないけど」
 短髪頭をかき、そっと囁く。
「ジェダがいたから魔王を倒せたんだ。もう少し優しくしてやってくれよ。最初は二人とも、仲が良かっただろ?」
「……だってジェダが、嫌がらせをしてきたんだもん」

 ポーションを精製してプレゼントしたら、飲まずに永久保存の氷漬けにされてしまったこと。
 料理をみんなに振る舞おうと作ったら、ジェダが全部一人で食べてしまったこと。
 黒髪を隠すフードを被っていたら「隠しても隠さなくても一緒だろ」と剥ぎ取られたことも。
 服のボタンが無くなって探していたら、何故かジェダのシャツに使われていたこと。
 貸したハンカチも戻ってこない。借りパクは最低だ!

 数々のエピソードが私の胸をグサグサと突いてきた。なんか、こう考えると……本当にジェダって、私のことが嫌いなんだ。
 少しだけ足取りが重くなる。

「何を二人でこそこそ話してるんだ」
 氷点下のジェダに対し「はいはい。セレナから離れるから」とレオは後ろへ下がった。

 言い足りないのか、ジェダはまだ私を睨んでいる。

「何、むくれた顔で歩いてるんだよ」
「地顔でーす」
「二人で何を話してたんだ」
「秘密」

 ジェダの唇がムッとした形になった。
 その後も私の様子をチラチラと窺ってくる。歩きにくいのでギッと睨みつけた。

「なんだよ、その目は」
「デフォルト目だもん」
 舌打ちが頭上で響く。はーっ、とため息。
「セレナはさ、もっと」
「何よ」

 もう一睨みお見舞いしたが、何故かジェダの目が泳いだ。頰が赤い。
 喉仏が波打ち、か細い声が空気に触れる。

「セレナの目は、かわ、かわ」
「川? 見渡す限り草原だけど。もういい加減に前を見て……あっ!」
 転びそうになり、思わずジェダにしがみつく。
「ごめん」
 慌てて離れたが、ジェダの身体は硬直したままだ。

「ジェダ……?」

 顔を覗きこもうとすると、思いっきり拒絶された。ジェダは転移魔法を使って瞬時に離れ、数メートル先に移動してしまった。

「何よ……そんなに離れなくても」
 嫌い、だからって。
「あいつ意外と乙女だからなぁ」
 呆れ声のレオ。
「ただの面倒くさい男じゃん」と私。
「あ、ジェダが倒れた。面白いから放置な」
「我が弟ながらメンタル弱。セレナが『面倒くさい』って言っただけで、まぁ」
 ジュリアが嘆いた。

「こんなに離れてるのに、ジェダは聞こえるの?」と私が問うと、ジュリアとレオは顔を見合わせて
「まぁ、セレナの声だから」と異口同音で答える。

 はーん、分かった。嫌いな奴ほど過敏になるってやつね。アレルギー反応か。

「セレナ。なに泣きそうになってるんだよ。勘違いしてないか? ジェダはセレナのことが」
「レオ待って! 大切なことはジェダの口から伝えないと」
「お、おぅ、そうだな」
「それにしても」とジュリアが呟く。「『面倒くさい』で、あのダメージなら『嫌い』って言われたら、どうなるんだろ」
 
 ジュリアとバチッと視線が合う。

「セレナ、お願いだからジュリアに『嫌い』って言わないでね」
「言わないよ。だって」

 本当に嫌いだって言い返されたら……。
 だから、別に。

「セレナ?」
「おい」

 四つの瞳に見つめられて、我に返った。

「レオ、ジュリア、早く行こう」
「あら。いじめたくなる顔してるわ。落ち込んでる?」 
 ジュリアがふにふにと頬をつついてくる。
「あーんカワイイ♡」
「落ち込んでないぃ」
「おーい! ジェダー! いつまでも固まってんなよ。置いていくぞー」

 もういい。
 旅が終わるのはもうすぐだ。お城に着いたら自由の身。報奨金をもらったら独立して小さな薬屋を開く。両親には猛反対されたけど、やりたいことをする。そしてジェダとは永遠におさらばする!
 寂しくなんてない!