呪われた聖女は運命を覆したい

一体どんな策なのかと思っていたが、まさか婚約を申し込まれるとは。
なにを考えていらっしゃるの?

『どういうおつもりですか?我が主様に婚約を申し込もうとは』

少し怒った様子のアミューズに動じることはなく答えた。

「皇太子の座にはまだ誰もついていない。そして皇太子になる条件は“婚約者がいること”。俺はもとから皇帝の座を狙っている。だから、これは最大のチャンスなんだ。ムクが協力してくれれば、俺が皇太子になりアランを候補から落とすことができる」

たしかにその考えには一理ある。
だけど、ふたつほど気になる点があるのだ。
どうしても今聞かなければならない。

「なら、ふたつだけ質問に答えてほしいわ」

「なんでも答えよう」

ふぅ…と息を吐き出してから、私は言った。
私はもう二度とあんな未来は見たくない。
だから——。

「なぜ私を選ぶのか、貴方は皇帝になってなにをなさるおつもりなのか、ということよ」

「なら、まず皇帝になりたい理由から答えよう。俺が“呪われた王子”と呼ばれているのは知っているだろう?」

「ええ、知っているわ」

黒魔法使いはどうやってもその言葉がついてくる。
その苦しみは、誰よりも私がわかっている。

「その常識を変えたい。それだけでなく、平民への差別をなくしたい。こうやって苦しんでいるのは俺だけではなく、平民の多くの者がこの魔法国で苦しんでいる」

そう、たしかにそうなのだ。
平民の多くは魔法国に生まれながらも魔法を使えないことから差別を受け、今でも飢えに苦しみ人でないような生活を送っている人々がいる。
私とマリアは平民たちへの援助をしているため、その事実をよく知っている。

「俺にはわからないのだ。なぜそれだけのことで差別を受け、死ななくてはならないのか。俺が皇帝になれば制度を変えることができるかもしれない。もちろん、それは難しいことだ。親父ですら成し遂げていないのだから」

「え?こ、皇帝陛下が制度改正に取り組んでいるの?」

私は驚いてしまった。
皇帝陛下といえば弱き物に目を向けず、絶対的能力で平民たちを重圧しているため支持率が高くないと聞いたことがあるのに。
聞いていた話とは全く違う。

「そうだ。しかし、側近たちに大反対されなかなか進まない状況下だ」

「そう…だったのね。知らなかったわ」

でも、だとしたら。
セア様が皇帝になられたところで、状況は変わらないかもしれない。

「しかし、俺ならば変えられる」

私は弾かれるように顔を上げた。
どこからその自信がつくのかわからないけれど、それでもその瞳に嘘はなかった。

「結局は平民の支持率が多くなければならない。この帝国は8割が平民なのだからな。ならば、俺たちの立場は平民にとって支持しやすいだろう」

私は首を傾げた。

「どういうこと?私たちの立場って——」

「黒魔法使いだということだ」

私はハッとした。
たしかに、魔法を使えない平民が差別で苦しんでいるというならば、同じように差別を受ける私たちのことは受け入れやすいだろう。
それに加え、セア様は魔物討伐で功績を上げているため平民の支持は高い。
同様に私も聖女というだけで、平民からは崇められる。
これは最大限に私たちの立場を利用しているのだ。

「ムクとなら決して叶わない夢ではない。それがムクを選んだ理由でもあるな」

「そうですわね。自分で言うのもおかしな話だけれど、私を選ぶのは最適とも言えるわ」

セア様はふっと笑った。
ここまで考えて、そして即座に判断する。
私からしてもセア様と組んだのは良いことだったことが改めて証明された。

「他にも理由はある。ムク、お前は俺と同じ黒魔法使いだ。俺のことを理解してくれる奴がいいと思っていたんだ。それが最大の理由だな」

私はその言葉に、机の下で自分の手をギュッと握った。
今まで感じてきたものが、流れ出てくるような気がする。
黒魔法使いはいわば“禁忌の子”なのだ。
最初はそうではなかった。
しかし、帝国を滅ぼそうと企んだものが黒魔法使いだったということであり、私はその一族として扱われているようなものなのだ。
帝国を滅ぼすもの、反逆者。
そんなふうに言われたことは何度もある。
私もセア様にお会いできて嬉しかった。
その嬉しさを、きっとこの方も感じているのであろう。
自分の孤独を理解してくれる人は、これまでにも何人かいた。
だけど、自分と同じ立場ではないから“本当の理解者”ではないとも言える。
そのなんとも言えない苦しさが、セア様といると癒されるような気がするのだ。

「今日初めて会ったとは思えないほどに惹かれているのは、おそらくムクが黒魔法使いであるからだと俺は思っている。そんな相手はムクしかいない。だから、お前でなければならないのだ」

その言葉に、私は涙した。

「お、おい…どうした?急に泣くな」

セア様は私に駆け寄り、私を優しく抱きしめた。
私はこの方に必要とされている。
過去に戻った直後、私は復讐を遂げることができれば孤独でもいいと思った。
だけど、そんなのは嘘だ。
本当は誰かに必要とされて、こういう温もりを感じたかった。

「わ、私…嬉しくて…」

「……そうか。なら、思う存分泣いていい。俺もこの嬉しさを噛み締めさせてくれ」

これはきっと私たちにしかわからない苦しみで、私たちにしか理解できない嬉しさだ。
きっとセア様もお辛い人生を歩んできたのだろう。
だけどこの瞬間、きっと私たちが出会ったことでなにか変わったのだと思う。

***

「取り乱してしまってごめんなさい。それでその…婚約の件は…」

私は少し彼の胸を押して距離を取った。
それから、しっかりとセア様の瞳を見つめて。

「私でよかったら婚約してほしいわ。貴方と1番近い場所、貴方の隣で支えさせてほしいわ。同じ傷を負うものとして、共に戦いましょう」

「ああ、もちろんだ」

これは不思議な条件婚約。
愛はなくても、この婚約を嬉しいと思っているのね。
不思議なもの。

——今日、この瞬間に私たちは本当の共闘者となった。