気がつかないで

『下校時刻になりました。部活動をしている生徒は帰宅の準備をしましょう』

いつのまにか時間は下校時刻で、外も夕陽が沈もうとしていた。
それだけ勉強に集中できたと捉えれば、いいことなのかもしれない。
僕は立ち上がってふたりに言った。

「それじゃあ下校時刻になったし、帰ろうか。ほら、荷物まとめて」

そう言ったと同時に、霜降くんが固まっていることに気がついた。
それから、いきなり勢いよく立ち上がった。

「迎え!やば、走ってかなきゃ」

こんなにあせっている霜降くんは初めて見たかもしれない。
すごいスピードで片づけだす霜降くんを見ながら、那月くんが耳打ちしてくれる。

「凛の両親忙しいから、弟の迎えに行ってるんだよね」

僕もあせる気持ちわかるかも。
桃乃に迎えを早く行くと言って遅れそうになると、めちゃくちゃあせる。
怒るんだよね、そういうの。
そう思ったら、いつの間にか僕は霜降くんにこんな提案をしていた。

「じゃあ、俺の車乗ってく?俺も娘の迎えまで時間あるし、送ってけるよ?そしたら間に合うよね」

俺の提案にふたりがポカンとする。
俺はそこで気がついた。
ふたりからしたら、俺は教師でこんな提案はすべきじゃないってことに。
そのことに気がついて、俺は慌てて訂正する。

「あ、ごめん…!とっさに思いついて言っただけで…」

そうは言ったものの、霜降くんは僕の肩を勢いよく掴んで言った。

「ありがとう…!!マジで助かる!」

「あ、うん…!」

俺はとっさに頷いてしまった。
すごい勢いだったし。
そんな感じで、俺は霜降くんの弟くんの保育所まで送り届けることになった。
那月くんは当然のように置いてきてしまったけれど。
俺は運転席に座り、ふと霜降くんに聞いた。

「そういえば、どこの保育園か聞いてなかったね。どこなの?その…弟さんが行ってるのは」

「ああ…えっと、空風保育園」

僕はその名前に目を見開いた。
だってそこは、桃乃通っているところだから。

「そうなんだ!俺の娘も空風保育園だよ。ここからだとちょっと遠いんだよね、あそこ。じゃあ、出発するね」

そう言って俺は車を発進させた。

「そうなんだ。……ていうか、娘いたんだね」

最後の方だけちょっと声が小さくなった。
少し不思議に思いながらも、俺は頷いた。

「うん。せっかくだから、会っていく?かわいいんだよ〜俺の娘は」

そう言ってニコッと笑った。
すると、霜降くんはちょっと暗い顔した。

「番、いるの?」

信号で車を停めたとき、霜降くんにそう聞かれた。
まあ、当然の質問だと思う。
俺はオメガだし、俺が産んだのだと思われているのだろう。
だったら番がいるのかと聞くのは普通だ。
でも、見ればわかると思うが、俺のうなじには噛み跡がない。
だから。

「いないよ」

それだけ答えた。
あれは思い出したくない記憶だから。
そう簡単に、人に話したくない記憶だから。
霜降くんはなにかを察したのか、それ以上聞いてくることはしなかった。

その間に空風保育園に着いた。
俺は駐車場に車を停めた。

「降りていいよ」

「うん、ありがと」

俺はスマホだけをポケットに入れて、外に出た。
霜降くんがリュックを背負うのを見て、僕はとっさに声をかけた。

「あ、荷物中に置いてていいよ。なんなら家まで送ってくし」

「え…マジ?」

「うん」

霜降くんが驚いた表情で俺に聞く。
ここまで送ってきたわけだし、別に家まで送ってもいいでしょ。
それに、暗くなってきて幼い子がいるんじゃ危ないし。
そう言うと霜降くんは頷いた。

「そ。じゃあ、お願いするわ」

そう言って荷物を座席に置いた。
それから車の鍵を閉め、俺たちは保育所の中に入っていった。