【コミカライズ原作】幸せな政略結婚 〜記憶喪失となった辺境伯様には秘密がある〜


「ニーナ……?」

 その時。
 愛しい声に名を呼ばれ、私は顔を跳ね上げた。

 ぼんやりと彷徨っていたフランツ様の碧い瞳が、私の顔をはっきりと捉えた瞬間に優しく細められていく。
 フランツ様が、温かい笑みを浮かべていた。


「フランツ様っ!」


 もう、この笑顔を見れないのではないかと怖かった。

「フランツ様! 私が、分かりますか?」
「もちろん分かるよ。君がくれた刺繍入りのハンカチが、俺とこの国を救ってくれたんだ」

 フランツ様は大事にポケットにしまっていたあのハンカチを、戦いの場で握り締めた瞬間に、紋章の柄の刺繍が碧く光ったのだと教えてくれた。

 私が行った刺繍にどんな力があったのかは分からないけれど、子供の頃に母に聞いたおまじないが奇跡を起こしてくれたのかもしれない。

「ニーナ、有り難う」

 フランツ様の胸に顔を埋めて泣く私の髪を、フランツ様の手が優しく撫でる。名を呼ばれて、その声に導かれるように私は顔を上げた。
 今度は両手で抱き寄せられ、私とフランツ様の額が触れあう。
 そのままそっと腰を支えられたかと思うと一瞬で体勢を逆にされてしまい、ベッドで横になっていたはずのフランツ様が私を組み敷くように見下ろす視界へと変わっていた。

「ニーナ、愛してるよ」
「私も、私もフランツ様を、」

 続きの言葉は、フランツ様の唇に塞がれ声にならずに消えた。何度も何度も熱いキスを重ね、フランツ様と愛を確かめ合う。 


 その夜──。
 私は初めて、愛しい人の腕の中で朝を迎えた。