「……無理です」
かすれた声でそう言うと、彼はくすっと笑う。
「じゃあ練習な」
なんてさらっと言って、まだ鞄は返してくれない。
ひどい。ほんとにいじわる。でも、そのいじわるが嫌じゃない自分が一番厄介だ。
指先から伝わる体温に、心臓がまた大きく跳ねる。
名前呼びなんて慣れないし、“さん”はダメ、なんて。ハードル高すぎる。
さっきだって、あれだけで心臓が壊れそうだったのに。なのにさらに上をいけって?無理に決まってる。
でも、このままずっと膠着状態でいるわけにもいかない。なにしろ私は仕事中。配達途中。
ここで立ち止まって赤くなってる場合じゃない。
そう言い聞かせて、またひとつ、深い深呼吸をする。
吸って、吐いて。
震える喉をなんとか落ち着かせる。
「…っ、尋…くん」
やっと、絞り出した。これが、今の私の精一杯。
言った瞬間、カッと顔が熱くなる。絶対また赤い。恥ずかしすぎて俯くしかない。地面しか見られない。



