時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 救護室の奥には、もう使われていない特別な部屋があると聞いたことがある。シャロンには一生必要ないものだ、と。

「ミネルバ、念のため聞くが、覚醒の準備をしていたりは――」

 ロイが歩きながら問いかけると、

「昨夜シャロンの命令があった時に始めておきました」

 とミネルバが応える。シャロンの命令に応じることは出来なくても、その先に起こることを予測していたのだ。

「上等」

 ロイが満足そうな顔をしてシャロンに片目を瞑って見せると、一層歩を早めた。

 救護室の扉があき、さらにその奥の扉も開かれる。
 そこには救護室に一つだけあるカプセルを、もっと複雑にしたような療養カプセルが二台置いてあった。その一つをのぞき込むとテオドラが眠っているのが見え、エルザが「姫」と囁く。

 カプセル横の平たい水晶にロイが手のひらを置いて起動させると、たくさんの文字の書かれたボタンが浮き上がる。彼が迷いのない様子で文字を指で押していくと、やがてカプセルの蓋がゆっくり持ち上がり、そこに眠るテオドラが姿を現した。
 その頬はバラ色で、半年前よりもずっと健康そうだ。
 その美しい眠れる王女に、ロイが貪るような視線を向ける。彼が何か呟いたが、多分聞こえたのはシャロンだけだろう。

「さて、このまま口づけをして彼女を起こしたら、私は怒られるかな?」

 シャロンをちらりと見たロイに頷き、ジェイクに下ろしてもらう。

「初対面ですよ? 気持ちはわかりますが、私だったら怒ります。お風呂とまでは言いませんが、顔を合わせる前にせめて顔を洗って髪もとかしたいですねぇ」

 女心ですよと言うと、ロイは分かってると言ったように肩をすくめた。

「本当はそんな必要はないんだけど、姫の言うとおりだろうね。私も出会ってすぐに嫌われるのは避けたいところだ。じゃあ少し向こうにいるから、あとは姫に任せるよ」

 そう言うと、ロイはジェイクとゼノンを連れて救護室まで戻っていった。隣にいれば壁の水晶(モニター)でこちらの様子は見聞きできる。

「さてエルザ様。まもなくテオドラが目覚めますので準備をしましょう」

 シャロンがそう言うと、様はもう止めてくださいと言いながら、エルザはミネルバの腕から次々と道具を受け取っていく。何がなんだか分からないだろうに、動じているようには全く見えない。さすが王女付きの侍女だ。

「じゃあ、テオドラの目が覚めるまで少しの時間ですが、昔話をしましょうか」

 テオドラも瞼が微かに動いているのは、意識がゆっくり浮上している印だ。

「どこから話そうかな。十五年前の事件からにしましょうか」