ビクッとしたシャロンの手を、ゼノンはさらに強く握って何度も申し訳ないと繰り返す。二か月に及ぶ捜索の末、衰弱したテオドラを見つけた班の一員であったゼノンは、隊長のカロン姫の生存は絶望的だとの言葉を疑わなかった。発見時、虫の息だったテオドラ王女。意識朦朧とした王女は何度も生死のはざまをさまよった。
その王女より幼い姫が「途中で消えた」という賊の言葉を誰も信じなかった。賊が求めた方ではなかったから棄てたのだと判断されたのだ。それまでの賊どもの罪状から間違いないものだと考えられた。
事実、彼らの潜伏先からは、大小さまざまな骨や遺体が見つかった。だがカロン姫がどれかは分からず、テオドラが隠し持っていた、カロンが着けていたと思われる髪飾りのみが回収され、他は王都の墓地に丁寧に埋葬されたのだ。
シャロンの記憶の奥底にある賊たちの姿は、ただ黒くて大きくて怖いものだった。色々なことをさせられたような気がするのは、今思えば何かの実験だったのだろう。彼らは真の魔女――いや、魔王を探していたらしい。シャロンが普段使うものとは違う、道具や知識、数式などがなくても魔力によって発動する、禍々しい力を持つものを。
男たちからは、だがどちらがそれか分からないと言われた気がする。
何をもってテオドラとカロンが狙われたのかは分からない。
白き魔女に似ているということであれば、むしろそれは聖なる魔法というのが一般的な認識だからだ。
白き魔女と言っても厳密に言えば一人ではない。
シャロンは古代の魔女と紅蓮の館でラゴン領を訪れた魔女を一人として見ていたが、実は間に数百年の差がある。魔女は不老不死ではないのだ。魔女は普通の人間と同程度の寿命しかないし、見た目も普通の人間だ。
ネイディアには輪廻という考えがある。
人の体には魂という命の源があり、死によってそれが身体から抜けると、やがて新しい命として生まれ直すという考えだ。
魂は体を離れると記憶が浄化され、まっさらな状態になると新しい命として生まれることが出来る。
だが魔王はその魔力故に膨大な記憶を持ったまま生まれ、その魔力で世界を支配することが出来ると考えられているらしい。それは紅蓮の館で得た知識だが、シャロンとしては荒唐無稽なものでしかなかった。
――でも古代の魔女ではない紅蓮の館の白き魔女は、その妄執に取りつかれたときの支配者によって命を狙われ、伴侶も失った。
ラゴン領でかくまわれた二代目の白き魔女。
その力は知恵と道具によるもので、彼女は心優しき人々のためにその力を惜しみなく使った。だから今も、シャロンは白き魔女の一人として温かく迎えられたのだとわかる。
魔王を信仰するものが考える魔法と、この国でも使われる魔法は別のものだ。
魔王なんていない。
魔力を有する者がいたとしても、それは魔王なんかではない。
前世の記憶があったとしても、それは魔法の力なんかじゃない。輪廻における浄化の道をほんの少しずれた、それだけのことだ。
でも当時の幼いシャロンにはなんのことだかさっぱり分からなかった。姉のテオドラでさえ、やっともうすぐ四歳といったところだったのだ。
最初はただ怯え泣いていた。そしてだんだんと心が蝕まれていき……。
シャロンは思い出したばかりの当時の記憶を一旦振り払う。
シャロンの中にあったもう一つの記憶――大人だった感覚――は、恐ろしいそれらを客観的に記憶していたが、今それに飲み込まれるわけにはいかないのだ。
思い出したことで悪夢にうなされそうな数々の記憶は、ギュッと深いところに押し込める。



