時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

「今日や明日、王女の私に会ったら、私がブランシュではないとジェイクにばれてしまうでしょう? だからそうなる前に打ち明けたかったの」
「――どうして?」

 ジェイクの短い問いに、なぜこんな事をしたのかという意味だと思い、カロンは「ただの女の子でいられるのが楽しかったから」と、弱々しく笑った。

「お聞きになっているかもしれませんが、私は半年ほど前に頭を打って、それ以前の記憶がありません……。王女という自覚があまりない王女なの」
「ん……」

 ジェイクが複雑そうな表情になる。

「私、貴方に偶然会えたことも、一緒に出かけられたことも、本当に楽しかった。貴方を騙す気なんてなかったの。それだけは分かって下さい」

 言いたかったことを全部吐き出し、ふぅっと長く息をついた。これで立ち去らなければと思う。そしたら次に会った時は、王女と、夫候補者の護衛騎士だ。彼が許そうが許すまいが、もうこんなふうに言葉を交わすことはない。
 彼の主人を、カロンが夫に選ぶことはないだろう。それが彼と二度と会えなくなることだとしても。

 夜明けが近い。うっすらと明るくなってきた中、刻みこむようにジェイクの姿を見る。彼も黙ったままカロンを見ているのは、何も言う必要がないからかもしれない。
 一言、許すと言ってほしいと思うのはカロンの我儘だと分かっているから、喉の奥に塊がつかえたようになっても(おもて)にはには出さないよう気をつけた。

 ――ありがとうと言わなくちゃ。そしてさようならって、言わなくちゃ……。

 何度も何度も自分にそう言い聞かせるのに、カロンの唇は言葉を紡ぐことを拒否し続けている。このまま夜が明け、黙ったまま別れたらだめだと思うのに、口を開いたら言ってはいけない言葉を言ってしまいそうになる。涙がこぼれそうになる。そんな自分の弱さがいやだった。
 いっそ貴方に恋をしてしまったと打ち明ける? でも彼を困らせたくはない。困った顔なんて見たくない。覚えておくなら、さっきの笑顔と昨日のことだけにしたい。

「シャロン……ぼくも話があるんだ。王女じゃない君に。聞いてくれるかい?」

 ためらうように言ったジェイクは、どこか追い詰められているような目をしている。それでもこの時間がもう少し続くならと、カロンは小さく頷いた。
 すると彼は、カロンが逃げ出すのではないかという風に左の手を握ってきてドキリとする。

「シャロン、お願いだから逃げないで聞いてくれ」
「は……い……」

 カロンの目の奥までのぞき込むような真剣なジェイクの目に怖くなり、逃げ出したくなる気持ちをどうにか抑え込んだ。

「ぼくは君が好きだ」

 時間が、止まった。