「他国とはいえ、王子に近い位置にいるなら、身分もそれなりだと思うんですけど」
「ちょ、ちょっと待って」
勝手に話を進めていくエルザにあわてて手を振って止める。
「だからって、王子を差し置いてってことはないでしょう。結婚相手の候補って……えぇ?」
「本当に気付いてなかったんですね」
「え、だって、自分のこともよく覚えてないのに、結婚なんて……恋をしたことがあるかどうかも覚えてないのに」
「今まさにしてるじゃないですか」
今、してる? 恋を? 私が?
「誰に?」
「ジェイク・ライクストン様」
フルネームを言われ、顔に血が上る。
「だってそんな、初めて会った方よ?」
「時間なんか関係ないですよ。今の姫様、昨日とは全然顔が違いますよ?」
私も夫に会った時は――と自分のなれそめを語り始めるエルザに、カロンはつい耳が大きくなる。恋愛小説好きで理想主義者の彼女の恋話は、まるでおとぎ話のようだ。今も近衛兵である夫とは夫婦仲がよく、城ですれ違う時も、側にいるカロンでさえ温かい空気を感じることがある。
「お姉さまたちや、エルザたちみたいになれたら素敵でしょうね……」
祖父母の代までは完全な政略結婚だったそうだが、多少なりとも相手が選べるようになったのは、この国に平和な世が続いている証拠だろう。
それでもジェイクは候補者ではなく、その護衛だ。それくらいカロンにもわかる。
「そこがいいんですけどねぇ」
「エルザは恋愛小説の読みすぎよ」
「今度おすすめをお貸ししますよ。騎士と王女の恋物語です。もえますよ!」
「燃える? ――は、よくわからないけど、今度貸してくれる?」
恥ずかしそうに頬を染めるカロンに、エルザは身もだえするようにこぶしを握った。
「今からお持ちしますわ!」
◆
熱を出している設定をいいことにエルザに借りた本を読みふけったカロンは、疲れて早めに就寝したこともあってか、また夜明け前に目が覚めた。
物語は面白かった。
王女と騎士が出会った瞬間に恋に落ち、互いに想い合いながらもすれ違うさまに切なくなり、騎士が竜を退治するところはドキドキした。そんなに長くない話ではあったが、エルザが少女のように夢中になるのも分からなくはない。騎士に王女を諦めさせるために竜退治に行かせた騎士団長にはちょっぴり腹が立ったけど、結果的に文句なしの大団円だ。
「でもこれは、最初から両想いだから成り立つのよ」
王女に自分を重ねてみても、想いが一方的なら意味がない。
それでも自分の気持ちの正体が分かったことにはすっきりした。
またこっそり抜け出して四阿に行くと、そこでジェイクの姿を見つけてドキリとする。約束はしていなかったけれど、なんとなく会えることを期待していた。そうしたら本当に会えた。ついつい頬が緩んでだらしない笑顔になってしまったことに気付いて、カロンはあわててすまし顔を作った。
そっと物陰から観察すると昨日の朝とは違い、彼はどこかに出かけていたような雰囲気で首をかしげる。一晩中眠らずにどこかに行ってたのかしら?
――誰かに会いに行ってたの?
「おはようございます、ライクストン様」
チクリとする胸の痛みを無視してあえて明るく声をかけると、ジェイクは嬉しそうに笑いながら「おはよう」と返してくれる。その笑顔に途端に心臓が早鐘を打ちはじめ、頬に熱を送っているようだ。まだ薄暗いから気付かれないことを願い、カロンはなんでもない顔をした。
他愛もない会話をしているだけで胸が痛くて切なくて、なのに笑顔ひとつで嬉しくて幸せで。でももう、こんな風に話せるのは最後かもしれないから……
――だから、この人に好きな人がいてもいいわ。
どうせ胸が痛むなら後悔しないよう、自分に対しても彼に対しても誠実であろうと心を決めた。
彼の愛する人がどこの誰かは知らないけれど、その方とうまくいくことを願おう。
物語のような幸せは彼のもとに訪れてほしい。
でもせめて、私を嫌いにならないで。
「あの、お話があるんですけど、いいですか?」
昨日の礼をお互い言い合って少し笑った後、カロンは思い切ってそう切り出した。
「改まってどうしたんだい?」
「――私は、あなたに対して、誠実でありたいと思います」
「うん?」
「だから、今話すことを聞いても、できれば変わらなく接してくださいませんか?」
言うつもりのなかった我儘を口にしてしまい、それでも言わなかったことにはできないので開き直る。ジェイクには何のことか分からないだろう。だが「君がそれを望むなら、約束しよう」と、少し硬い声で言ってくれた。
「ちょ、ちょっと待って」
勝手に話を進めていくエルザにあわてて手を振って止める。
「だからって、王子を差し置いてってことはないでしょう。結婚相手の候補って……えぇ?」
「本当に気付いてなかったんですね」
「え、だって、自分のこともよく覚えてないのに、結婚なんて……恋をしたことがあるかどうかも覚えてないのに」
「今まさにしてるじゃないですか」
今、してる? 恋を? 私が?
「誰に?」
「ジェイク・ライクストン様」
フルネームを言われ、顔に血が上る。
「だってそんな、初めて会った方よ?」
「時間なんか関係ないですよ。今の姫様、昨日とは全然顔が違いますよ?」
私も夫に会った時は――と自分のなれそめを語り始めるエルザに、カロンはつい耳が大きくなる。恋愛小説好きで理想主義者の彼女の恋話は、まるでおとぎ話のようだ。今も近衛兵である夫とは夫婦仲がよく、城ですれ違う時も、側にいるカロンでさえ温かい空気を感じることがある。
「お姉さまたちや、エルザたちみたいになれたら素敵でしょうね……」
祖父母の代までは完全な政略結婚だったそうだが、多少なりとも相手が選べるようになったのは、この国に平和な世が続いている証拠だろう。
それでもジェイクは候補者ではなく、その護衛だ。それくらいカロンにもわかる。
「そこがいいんですけどねぇ」
「エルザは恋愛小説の読みすぎよ」
「今度おすすめをお貸ししますよ。騎士と王女の恋物語です。もえますよ!」
「燃える? ――は、よくわからないけど、今度貸してくれる?」
恥ずかしそうに頬を染めるカロンに、エルザは身もだえするようにこぶしを握った。
「今からお持ちしますわ!」
◆
熱を出している設定をいいことにエルザに借りた本を読みふけったカロンは、疲れて早めに就寝したこともあってか、また夜明け前に目が覚めた。
物語は面白かった。
王女と騎士が出会った瞬間に恋に落ち、互いに想い合いながらもすれ違うさまに切なくなり、騎士が竜を退治するところはドキドキした。そんなに長くない話ではあったが、エルザが少女のように夢中になるのも分からなくはない。騎士に王女を諦めさせるために竜退治に行かせた騎士団長にはちょっぴり腹が立ったけど、結果的に文句なしの大団円だ。
「でもこれは、最初から両想いだから成り立つのよ」
王女に自分を重ねてみても、想いが一方的なら意味がない。
それでも自分の気持ちの正体が分かったことにはすっきりした。
またこっそり抜け出して四阿に行くと、そこでジェイクの姿を見つけてドキリとする。約束はしていなかったけれど、なんとなく会えることを期待していた。そうしたら本当に会えた。ついつい頬が緩んでだらしない笑顔になってしまったことに気付いて、カロンはあわててすまし顔を作った。
そっと物陰から観察すると昨日の朝とは違い、彼はどこかに出かけていたような雰囲気で首をかしげる。一晩中眠らずにどこかに行ってたのかしら?
――誰かに会いに行ってたの?
「おはようございます、ライクストン様」
チクリとする胸の痛みを無視してあえて明るく声をかけると、ジェイクは嬉しそうに笑いながら「おはよう」と返してくれる。その笑顔に途端に心臓が早鐘を打ちはじめ、頬に熱を送っているようだ。まだ薄暗いから気付かれないことを願い、カロンはなんでもない顔をした。
他愛もない会話をしているだけで胸が痛くて切なくて、なのに笑顔ひとつで嬉しくて幸せで。でももう、こんな風に話せるのは最後かもしれないから……
――だから、この人に好きな人がいてもいいわ。
どうせ胸が痛むなら後悔しないよう、自分に対しても彼に対しても誠実であろうと心を決めた。
彼の愛する人がどこの誰かは知らないけれど、その方とうまくいくことを願おう。
物語のような幸せは彼のもとに訪れてほしい。
でもせめて、私を嫌いにならないで。
「あの、お話があるんですけど、いいですか?」
昨日の礼をお互い言い合って少し笑った後、カロンは思い切ってそう切り出した。
「改まってどうしたんだい?」
「――私は、あなたに対して、誠実でありたいと思います」
「うん?」
「だから、今話すことを聞いても、できれば変わらなく接してくださいませんか?」
言うつもりのなかった我儘を口にしてしまい、それでも言わなかったことにはできないので開き直る。ジェイクには何のことか分からないだろう。だが「君がそれを望むなら、約束しよう」と、少し硬い声で言ってくれた。



