時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 一瞬ミネルバは、女性体の時のような優しい目でジェイクを見る。それはどこまでも人間臭い表情で、精霊だということを忘れてしまいそうだ。
 時を超えると、自然に逆らった人の体は不安定になる。普通はすべての記憶が消える。それを完全ではなくともジェイクが保てたのは、偶然だろうとミネルバは言った。未来が変わっていることで、ジェイクに未来の記憶があることには気づいていたようだ。

「じゃあ四年前の出発は少し待ってほしかったですよ。ぼくが遠話石を受け取ってないことは知ってたでしょう」

 つい子どもっぽくぼやくと、ミネルバは「さあ、どうだったかな」ととぼけるので笑うしかない。やはり彼は人間臭い。

「二周目の人生のおかげでシャロンは家族と再会できた。だがあの子は、自分より誰かのことを大切にしすぎるきらいがある」

 それはよく知っているのでジェイクとしては何も言えない。自分を大事にする子なら、あんな事にはならなかったはずだからだ。

「……シャロンは、ぼくを忘れたままなのでしょうか」

 前世のことか、現世のことかは聞かなかった。

「覚えていないことは重要か?」

「いえ。彼女が生きていてくれれば――生きて幸せになってくれるならば、それでいいです」

 彼女が王女でも構わない。
 他国の、しかも一介の騎士でしかない自分では手の届かない存在。今は戯れのような小さな恋はできるかもしれないが、それだけだ。それでも彼女が幸せに生きていてほしいと、心から願っている。それは本心だ。

 本当は狂おしいほど彼女がほしいけれど。どうすれば側にいられるか、それしか考えられないけれど。だが側にいることが叶っても、そこで彼女が誰かのものになるのを見るのも辛いなどと、女々しいことも考えてしまうのが情けなかった。
 本当は好きになってほしい。だから気が付けば、彼女は自分のものだと周りをけん制してしまう。それが傲慢なことだと理解はしている。
 今朝までは、万に一つも叶う可能性を信じていた。だが今は、この特別な時期だけに許された戯れだと分かり、それでもあきらめきれなくて足掻いている。

 彼女が演じたように侍女ならよかった。
 せめてテオドラの代わりをしているなら手も打てた。
 でもカロンだった。王宮ではカロン姫として認識されていたし、王都でもそうだということが調査で分かった。

「他国の王女じゃ……無理ですよね……。この国で彼女に見合う立場になる方法があるか、探したほうがよさそうだ……」

 今の自分はあくまで婿候補の護衛。今の立場では何か功績を立てるしか方法はないだろう。それとも彼女は、身分に関係なく伴侶を選べる立場なのだろうか。

「シャロンに戻ってほしいか?」

「あなたは?」

 二人の男は顔を見合わせて薄く笑う。
 答えなど決まっている。紅蓮の館にはシャロンが必要で、ジェイクにも必要だ。

「ぼくは元々、十八になったらシャロンを追いかける気でいたんですよ」

「そうか……」

 だが最も重要なのは彼女の幸せなのだ。

「あと三日」

 前世で彼女を失った日まであと三日。
 宴が終わるまでもあと三日。

 ――どうすることが最善になる?