四年前、ジェイクと別れたシャロンがテオドラに会えたのは偶然だった。気ままに散策していたシャロンを、テオドラだと勘違いした侍女が慌てて城に連れ帰ったのが始まりだという。
シャロンとテオドラはすぐに仲良くなり、テオドラの健康状態も回復してきたように見えた。シャロンは恩人として王族から大切にもてなされたが、攫われた姫だとは気づかれなかったという。実際二人が姉妹だとわかったのも、ミネルバが勝手に調べたことだ。血縁関係を示す図式を見せたところで、ただの人には理解できない。それもあり、その事実をシャロンは誰にも打ち明けなかった。
しかし半年前、王太子妃と子の事故でシャロンは大怪我を負い、テオドラはその時の傷が元で亡くなった。
「シャロンがカロン姫と呼ばれていたのは、誰かが末の姫だと気づいたということでしょうか」
事故から何日たってもシャロンは紅蓮の館に戻らず、連絡も途絶えた。
悲しむ家族を慰めるために、しばらくシャロンが王宮に留まることも予想できた。だが何も言ってこないのは彼女らしくない。心配ではあったが、ミネルバには何もできない。
どうしたものかと様子を見ていると、あっという間に王都に強い結界が張られた。紅蓮の館も縛られ、動くことが出来なくなった。
腕を伸ばし古代の魔法のかけらを集め思念をつなぎ、王宮の中を探った。
雑音が混ざっているものの、音だけがいくつか拾える。その結果、シャロンの記憶が縛られたらしいことが分かった。
テオドラの代わりにするためか、それとも単純に紅蓮の館の記憶を無くし、女官の一人としておくためかまではつかめない。そこで長い時間をかけてジェイクに助けを求めたのだ。
「テオドラの代わりではないとなると、テオドラのことはどうなったのかも気になるな」
ジェイクたちが調べた限り、テオドラ姫の記憶は国中から消えている。もともと存在感の薄い姫だったらしいが、王宮の中でも元々いなかったかのような扱いに違和感があった。病弱な姫の健康が回復した。それは末の姫がテオドラからカロンにそのまま変わったからだろう。
それでもカロン姫自身が大切にされているのは間違いない。
「誰がこんなことをしたのでしょうね」
誰が望んでこんなに大きな術を施したのか。
そこでふと、ジェイクは以前から気になっていたことをミネルバに尋ねてみた。
「師匠は、最初の三日後のことを覚えていますか?」
そのものズバリだが、普通に聞けば意味不明な言葉だ。だがミネルバは「おまえが時をさかのぼった時のことか?」と、こともなげに言った。やはり知っているし覚えているのだ。
「あの時は、本当に申し訳ないことをしました」
やっと謝罪できたことに、少しだけ心の重荷が軽くなる。
十年前、ちょうど三日後がジェイクの結婚式だった。毒を盛られそうになり、山が火を噴き、妻となるはずだった女性に刃を向けられた。その刃は、ジェイクをかばったシャロンの胸に深々と刺さったのだ。
その恐ろしい記憶が鮮明に蘇ったのは、この国に来る少し前のことだった。
美しい女だったはずだ。もう顔も名前も覚えていない。
女は姉の夫ブラッドリアンに懸想していた。そしてあの男の愛人だった。
女は理不尽に姉を恨み、ジェイクを憎んだ。
ブラッドリアンは女を使い、二人を消せばラゴン領の領主は自分に、女はその夫人になるとそそのかした。だが毒は、シャロンのおかげでジェイクもシアも飲まずに済んだ。
そのとき婚儀の礼が行われた山が揺れ、火を噴いた。
それに気を取られ、目を離した一瞬の間にすべてが終わっていた。
ブラッドリアンと女の首をはねたのはロイだったか……。
その記憶が戻ってからしばらくは、頭を抱えながら震えが止まらなくなっていた。
あの日ジェイクの腕の中で最後に微笑んで息絶えたシャロンを抱き上げ、領民に避難を命じた後は一目散に紅蓮の館へと向かった。時間を巻き戻すことは禁忌だというミネルバを無視し、ジェイクは半狂乱で魔法の書を呼び出し、無我夢中で時を超えた。時越えは不安定で未完成の魔法だ。それを未熟な自分が発動する。失敗して死んでも構わなかった。
「私が何かを忘れることなどないよ。すべて記録されている。すべて、な」



