時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 預かった髪ひもできっちり結んで、終わった合図をする。

「今の時間は涼しいですけど、日が昇ると暑いですからね」

 ネイディアは冬がない国だ。秋とはいえ、夏よりは涼しいといった程度である。髪を下ろしたままだと暑いし、汗で肌に張り付いたりして不快なのだ。

「ああ。秋でも暑いと聞いていたけれど、予想以上で驚いたよ」

 そう言って目玉をぐるっと回しておどけるジェイクの姿に、カロンはクスクス笑う。

「今日は市を巡るといいですよ。各国から様々な店が出てますし、既製服も多いと聞いています。涼しい服をお求めになるといいと思いますわ」

 宴のほとんどは国を挙げての大きな祭りだ。その中で世界中の商人が出店を出したり、貿易の交渉をする。
 客人たちも町を散策したり買い物をすると聞いていたし、カロン付きの侍女たちも客人の案内を兼ね、交代で遊びに行ってもらうことになっていた。

「じゃあ……一緒に行かないか?」

 男の少し硬い声にカロンは瞬きをし、少しうつむいた。

「ごめんなさい。私は町に詳しくないので……」

 記憶を失くす前なら案内できたかもしれないと思うと残念だ。もっとも、王女という身で一人で抜け出せたかどうかは分からないが。
 なぜか脳裏に、彼と手をつないで市をひやかして歩く姿が浮かぶ。二人で歩けばきっと楽しいだろうと思い、なぜか少しだけ悲しくなった。

「そうか。また会いたいと思ったんだけど……」

 はっとして顔をあげると、ジェイクは森の奥を目を細めて見つめている。昇った朝日に照らされた顔にドキリとした。何か考え込むような表情は、笑ってる時とは違い彼を大人に見せている。その心の奥を覗いてみたくなり、カロンはキュッと胸の前でこぶしを握り締めた。

 ――また会いたい? うん、私も会いたい。

 そう思いながら彼の隣に立つと、朝日に照らされた森の奥に赤っぽい屋根が見えた。どんな人が住んでいるんだろう。いつもそんなことを考えている家だ。

 ――ねえ、赤い屋根に住む知らない誰かさん。私は今、素直になってもいいと思う?

 記憶がないことは、自分がしていることが正しいのかどうかわからないということだ。自分の言動ひとつで、傷つけなくて済む誰かを傷つけることがあるから……。でも……。
「私も、また会いたいって思います」
 そう答えたカロンに向けられた笑顔が嬉しくて、カロンも微笑み返す。

 ――今は、この魔法のような時間を少しでも長く過ごしたい。

 朝日が昇ったため、宮殿も町も目覚め始める。このまま魔法が消えるのは嫌だった。彼の前で、ただ一人の女の子でいたいと、ひたすらに強く思った。
 これは期間限定の魔法だ。彼は宴が終われば去る人なのだから……。

「でも案内人としては役に立たないですよ。それでもいいですか?」

「もちろん」

 正午に二人で出かける約束を交わす。これはカロンにとっての冒険だ。

「そういえば、まだ名乗ってなかったね。ぼくはジェイク・ライクストンだ。君は?」

「私は……ブランシュ、です。ライクストン様」

 とっさに名乗った名前は、遠い昔にいたという魔女の名前だ。

「うん、ブランシュ。またあとでね」
「はい」