時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

 ジェイクがそう言うと、シャロンは信じられないというように眉を顰める。

「私は魔女だけど、その白き魔女とはちがうわ」

「うん、知ってる。噂では可愛い女の子とお父さんの二人暮らしらしいって。でもその男の人も君のことだろ?」

 変装もバレてたのかと複雑そうにしつつも、可愛い女の子という言葉に頬を染めたシャロンに、ジェイクはにっこりと微笑んだ。

「ミネルバ……あ、ミネルバというのはこの館の精霊のことよ。彼女は外に出ることはできないから、私が時々魔法で大人のふりをしてるの」

 声だけ聞こえていた存在のことを、そして彼女の大きな秘密を、シャロンはこの日初めてジェイクに打ち明けてくれた。
 ジェイクがここに来られるのは、ミネルバが許可しているからなのだそうだ。今日も彼が追い出されないのは、ミネルバがジェイクを許している証拠なのだという。

「ミネルバ。ジェイクに姿を見せてくれる?」

 少し不安そうなシャロンの呼びかけに応え、はじめて館の精霊はジェイクにその姿を見せてくれた。

 それは言葉にできないほどの衝撃だった。生まれて初めて精霊の姿を見たのだ。その美しさに腰を抜かさなかっただけでも褒めてもらいたい。

「水晶の中に人が……」

 大人の背丈ほどもある水晶は光の加減なのか、最初はただの岩に見えていた。紅蓮の館の中は珍しいものばかりなので、綺麗な形の岩も飾りなのだろうと疑っていなかったのだ。

 その岩がすーっと透明になって、まるで中に閉じ込められてるかのように女性の姿が見えたなら、そりゃあ普通は驚くだろう。ましてやそれが、若くて美しい妙齢の女性であれば、幼くても騎士道精神に則り、救出したい気持ちが沸き上がるのも当然の流れだ。
 はずかしいことに、親友であるこの小さな女の子は白き魔女などではなく、本当は邪悪な存在なのかとチラリと疑いもした。だがシャロンは女性の姿を見て嬉しそうに笑い、女性のほうもシャロンを愛しそうに見たので、最初はわけが分からなくなったのだ。

「彼女がミネルバ。この館の聖霊よ。この紅蓮の館そのものなの」

「精霊! この美しい女性が!」

 もしうちの従僕である騎士団のうち、一人でもここに連れてきたならば、間違いなく彼女の前に跪き愛を誓ったのではないか。それが二人以上なら、彼女の愛をかけて決闘が繰り広げられたに違いない。
 当時は本気でそう考え、誰も来られなくてよかったと思ったものだ。この美しさに捕らわれて恋にうつつを抜かされても困ると。

 だが精霊には性別がないそうで、次にミネルバが男の姿になって現れたときには目玉が落ちるかと思った。こちらはご婦人方が硬直して動けなくなりそうなほどの美丈夫だったのだ。女性的な美しさではなく、軍神を思わせる鋼のような美しさだ。

「まあ。ミネルバが男になるとこんな感じなのね。こっちも素敵よ」

 シャロンは少し珍しいものを見た程度の感想を漏らす。
 今までシャロンには女性体しか見せたことがないらしいが、ジェイクのために男性体も披露してくれたようだ。なぜか一瞬だけ牽制されてるような、もしくは試されているような印象を受けたが、その気配は一瞬にして霧散したので気のせいだったのだろう。

「ミネルバは、その白き魔女を知ってる?」

「もちろんです。この館の最初の主人ですから」

 その言葉にシャロンは驚いたように目を丸くし、ジェイクは興奮したが、精霊はそれ以上を語ることはなかった。

 そしてこの日以降、ミネルバはジェイクにとっても良き師になってくれた。
 必要最低限以上の字を教えてくれ、様々な言葉や文章の書き方を教えてくれた。計算方法や作物の相談にも乗ってくれたし、優雅な所作も仕込まれた。

 その上、館内の闘技場でミネルバは「腕」を使い、ジェイクに剣技を教えてくれたのだ。
 意外なことにシャロンは弓の名手だったが、弓矢を作ったのも弓を教えたものミネルバだという。様々な知識のほか、ダンスも礼儀作法も叩き込まれているシャロンは、どうりで他の子とは違うと思った。だから彼女に負けたくなくて、ジェイクも必死で頑張った。

 館に来ると未来の記憶が消えるため、教えてほしいことや聞きたいことはメモをして、デュランの首輪に結び付けておくことにした。シャロンはジェイクをうっかりものだと思っているようだが、それも仕方があるまい。シャロンと共に学んだことは、大領地で師を見つけられたとしても得ることが出来ないようなものばかりだったのだ。

 ジェイクは前の人生よりもさらに努力したことは言うまでもない。絶対に叶えたいことがあるのだから。