時をかけた騎士と紅蓮の館の白き魔女

「ああ、そうか。私が必死に口説こうとしていたのはテオドラ姫ではなく貴女だったか、カロン姫。まさかこんな大掛かりなことをしていたとはね」

 偶然であることを知らない青年はひとしきり肩を揺らすと、はあと重い息を吐く。
 シャロンは髪の覆いをほどき、少年の擬態も解いた。

   ◆

「あなたは誰?」

 シャロンは記憶をたどり、マトヴェイの行動を思い出す。

 おとなしい穏やかな雰囲気の青年だった。いや、シャロンより一歳年下なので、まだどちらかと言えば少年だ。
 大人っぽい目をしているが、肌や頬はまだ子どもの雰囲気を持っている。

 王女にアピールをしていた、口説こうとしていたとリーダー格の男たちは言うが、マトヴェイ自身の行動は控えめで、どちらかといえばあまりこちらに近づかないようにしていたように思う。挨拶以上の言葉を交わした記憶もないくらいだ。
 そんな内気そうな少年は、シャロンの質問に微かに微笑んだ。

「さあ。誰なんだろうね。――昔々、ここではないどこかで、ビアンカという少女と共にいたことのある亡霊、かな」

 そしてロイの手元の本を見ると「懐かしいね」と呟いた。

 その言葉に、彼もまた前世の記憶があることが分かる。手元にデータを呼び出すことが当たり前だった時代の記憶を持つ人。

 彼がぽつぽつと話すには、その記憶が蘇ったのは宴の席で、カロン姫を見たときだったそうだ。
 雷のように突然落ちてきた夢のような記憶を必死で整理している間に、自分が正義だと思わされていたものが根底から狂ったことが分かった。

 でももう止めることが出来ない。説得も無駄だ。
 できればテオドラ――いや、その時はカロンだったが―――王女が自分を選んでくれれば、どうにかして守ろう。そして二人で遠くに逃げようと決意していた。

 マトヴェイの力は空間をねじってつなぐこと。一瞬でこの星の反対側に行くことさえ可能だった。ただ、この体でも可能なのかは分からない。
 それでも「今でもきっとできるはず」と信じた。しなければならないと。だが王女は一人の男しか目に入っていなかった。

「でもあなたたちには、私が守ろうとしなくても立派な騎士が付いていたんだね」

 そのまぶしそうなその顔に、ロイがある名前を呟くが、
「それはもういない亡霊の名だよ」
 とマトヴェイは肩をすくめる。

 懸命にテオドラの前世の記憶を探っていたシャロンは、ロイが呟いた名でやっと彼の前世の正体が分かった。――彼はビアンカの双子の兄だ。