――魔眼……左眼……普段隠してる眼帯……蜂蜜色に輝く瞳……黒濁の……
……悪意の『感情色』!
まさか……まさかっ……!
一瞬で様々な事が浮かんでくる。
胸がざわめき、苦しくなって、切なくて、でもなんだか嬉しくて……
それを飲み込む暇も無く、金髪ゲスバックの怒号があたしの考えを散らせた。
「黙れ!! ワケわからない事言いやがって! だが……どうやらもうバレちまってるみたいだな!」
ついにインテリの欠片も無くなり、表情にもゲスさが滲み出てきた金髪ゲスバック。
急に声が大きくなり、殴られた頬を押さえ、青い眼鏡を掛け直す。
「まぁいい。 お前らの与太話なんぞ関係ない。 ここでお前らをブチ殺しちまえばいいんだからな!」
金髪ゲスバックは、丸出しの悪意と焦りを見せながらも、余裕の表情を見せていた。
「兄者ァ!! 出てきてくれ! 兄弟ッ!!」
怒鳴り声が店の奥に吸い込まれる。
すぐさま響く、ドスンドスンという床板を揺らす足音。
……あ、コレすごく強い人が出てくる流れだ。
あたしは、冷静にそんな事を考えていた。
のんきにそんなことを考えられるのは、オジさまが隣にいるから。
絶対守ってくれるって信頼があるから。
それでも、床板が鳴り響くほどの体格の大男が出てくるのかと思うと、少し緊張を伴ってくる。
オジさまの上着を掴む手に力が入った。
――ドスン……ドスン……
……どんどんと足音が近づいてくる。
そしてついに現れた。
「弟よ、何かありましたか?」
見た目にそぐわぬ礼儀正しい口調を伴いながら、扉の鴨居を潜って出てきたのは……
頭が輝かしい、巨漢の男が一人。
その額には、でっかく【壱】と書かれていた。
「????…………うん?」
意味を咀嚼するのに、思わず三回ほど瞬きをしてしまった。
「へっへっへ……まぁた、くだらねえイキった客でも現れたかぁ?」
同じ声だが口調が違う。
続けて、扉の鴨居を潜るように頭を屈めて出てきたのは……
頭がつるつるの、同じ顔の巨漢の男がまた一人。
その額には、でっかく【弐】と書かれていた。
「ふくっ…………」
思わず口を抑える。
マズイ! そういう空気じゃないのに!
これは非常にマズイ!
あたしのそんな深刻な悩みの解決を待つ間もなく、
「…………」
今度は無言で、扉を潜るように頭を屈めて出てきたのは……
頭がピッカピカの、同じ顔の巨漢の男がもう一人。
その額には、でっかく【3】と書かれていた。
「あはははははははははは!!!!」
もう耐えらなかった。
「「「「なにがおかしい!!!」」」のだ?」
「あははははははははははは!!!!」
なんで声揃えてんのさ!
なんで3だけ数字なの!?
最後の「のだ?」って言ったの誰よ!?
くひーっ! もうダメ……ツボに入っちゃった!
「うふ、うふふふふふふふ………くっ……ダメよハルネ……笑っちゃ……」
「く、くそっ……バカにしやがって……おい兄者達ィ! この女を捕らえて、そこの男をぶちのめしちまいなァ!」
っ!
そうよ、オジさま!
隣のオジさまを見ると、一つの笑みも浮かべず、真剣な表情でヤツらを睨んでいた。
さすがオジさまだ……アレに耐えるなんて……
いや、そこは感心するところじゃない。
あんな大きい男たちが3人も…………大丈夫かな?
「安心しなさい弟者よ。 すぐに締め上げて…………ほぶぅ!!!!」
――ドォンッ!!
礼儀正しい壱男が、何か言いかけたと思ったら、天井に貼りついていた。
オジさまが一瞬で距離を詰め、壱男のお腹を蹴り上げたからだ。
……人間って蹴り上げただけで、天井に貼りつくものなの? あんな大男を?
――ドザっ!
天井磔になっていた壱男が地面に落ちた音だ。
つっっよ。 オジさま、つっっよ。
「「「兄者ァッ!!」」」
「……次は誰だ?」
オジさまは手袋を嵌め直すような仕草で、男たちを挑発する。
手、使ってないじゃん。
でも、その手袋を嵌め直す仕草、すき。
「よ、よくも兄者をやりやがったなァ!?」
弐男が小型のナイフを取り出し、オジさまと相対する姿勢を見せた瞬間……
オジさまは、弐男のナイフを持った手を掴み、もう片方の手で顔を掴み……
近くの棚に物凄い勢いでその顔を叩きつけた。
――ゴシャァッ!!
顔と棚が激しくぶつかり、棚が砕け散る音。
その棚に入っていた薬草や粉末が、辺りにボワッと飛び散った。
「わっ……わぷっ…………けほっ、けほっ」
「……あぁ、すまない。 ハルネ嬢、もう少し離れていてくれ」
今やった事をまるで感じさせない穏やかな声で、あたしに声を掛けてくれるオジさま。
……全然余裕じゃん。
そして優しい。 すき。
「「……ひ、ヒィっ!」」
怯えた金髪ゲスバックと3男は、同じようなポーズでビビり散らかしていた。
「…………」
――バァンッ!
何かが激しく壁に叩きつけられる音。
オジさまの放った掌打?が、3男の胸に突き刺さり、壁に磔になった。
何にも見えなかった。
あたしにはいつ近寄ったのかも、何をしたのかも全然見えなかった。
攻撃し終わってるオジさまの構えから想像しただけ。
「…………あっ」
弐男が倒れた時点ですでに戦意を喪失していた所、3男も一瞬で倒され、放心状態の金髪ゲスバック。
何が起こったのか全く理解していない表情だった。
あたしも何が起こったのかよく分かってなかった。
だって30秒も経ってない。
ただ一つ理解しているのは、オジさまが無茶苦茶強いって事。
ああ、もう……ムリ、もうムリだよ……
オジさま、めちゃつよじゃん……! カッコよすぎ……
「……何事ですか? 騒々しい。 ゆっくり昼寝も出来やしない」
落ち着いた口調で、突然、奥から痩せた男が現れた。
一体いつ? 足音も聞こえなかった……
「あ、あ……あっ! せ、先生! ひ、東の先生! 助けてくださいぃ!! こいつが! この男がっ!!」
「……ふむ、なるほど」
鼠色の着流しと袴を着たその痩せた男は、3人の倒された大男たちを見て察したようだ。
「普段威張り散らかしている割に情けない……仕方がありません。 食客としての義務を果たしましょうか」
「せ、先生! お願いします! き、気を付けてください。 コイツ……めちゃくちゃ強いんで!」
その東方の男は腰の刀を左手で持ち上げ、腰を落とす。
この男、きっと強い。 そんな雰囲気がある。
でも、オジさまが負ける絵は、まるで想像できなかった。
「ふっ、その制服、調査局の者か。 確か第二の方に「鬼」と評される冷酷で恐ろしい強さの男がいると聞いたが……もしや貴殿がそうか? ……で、あるならばこれは僥倖。 いずれ刀を交えてみたいと渇望し、その機会を願っていたのだ。 いざ、拙者の刀と貴殿の……へぶぅ!!」
「……長い」
――とさりっ
東方の人の口上の途中だったが、オジさまの裏拳一閃が顎に炸裂した。
静かに崩れ落ちる東方の人。
「つっよーーっ! オジさま、サイコーー!」
肝が冷えるような一撃だったにもかかわらず、逆に、胸が熱くトキメいていた。
ヤバイ、めっちゃカッコイイ……!
なぜだか分からないけど、思わず涙ぐんでしまった。
あたしの架空のシッポも、上下左右にぶんぶんと振れる。
……………
「……ひ、ひぃィィィ!!!!」
「……逃さん」
情けない悲鳴を上げて、奥へと逃げ出そうとした金髪ゲスバック。
オジさまは、電光石火、稲妻のような動きで腕を捕らえたかと思えば……
逃がすものかとそのまま腕を絡め、綺麗な一本背負いでゲスバックを床に叩きつけた。
――ダァンッ!!
「かはァっっっ!!」
うぁ~~、すんごい音しましたよ?
あれはめちゃくちゃ痛いっしょ。
息も出来なくなるんじゃない?
「……かっ……はっ……アッ……」
思った通り、金髪ゲスバックは全く息が出来ないようだった。
う~、見ているだけで苦しそう。
「……苦しいか? 貴様に壊された人々はもっと苦しいんだ」
「……かっ……あっ……た、たすけ……」
「……命乞いか? 貴様も命乞いをされたことはあるだろう? 彼らに対して貴様はどんな態度を取った? 言ってみろ」
「……あっ……あぅっ」
……?
オジさまの様子がちょっとおかしい。
あんだけ圧勝して、もう制圧済みとも言えるのに、ゲスバックに対して、苛立ちをぶつけている。
「……何も言えんのか? 貴様に薬漬けにされ、無言で高値で買っていった者たちに対してはどうだ? 彼らに対しても何も言えんのか?」
「あっ……あっ……ゆ、許し……」
「……貴様らクズはいつもそうだ。 散々他人を踏みにじっておいて、いざ自分がその立場に置かれた時、初めて許しを請うのだ。 ……見せかけのなっ!」
「……ほ、本当、だっ……」
オジさま……
そっか、許せないんだ。 彼らの悪意が。
でも……
「……本当だと? 嘘をつくな。 視えているぞ。 今この場を乗り切ろうとしているだけだろうが。 貴様らはいつもそうだ……いつも私をイラつかせる。 この腐った、汚泥のような、醜い感情色が」
「……か、金、なら……いくら、でも……やる……か、ら、ゆる、して………」
「……っっ!!」
その身勝手な態度に、オジさまは、ついに腰の剣を抜いた。
「ちょっとちょっとちょっと! オジさま! それはダメ! アウトっ!!」
オジさまの腕を掴み、剣を持つ手にしがみつく。
気持ちはわかるけど、それはダメよ!
「……なぜ止める?」
「いや、決まってるでしょ! 殺しちゃダメだよ、オジさま」
オジさまは少し冷静さを失っているだけ。
そんな軽い気持ちで止めたハズだった。
オジさまだって、すぐ「……わかった」って言って止めてくれる。
そんな返しまで予想して、深い事はホントに何も考えていなかった。
でも、こちらを振り向いたオジさまは、いつもの優しい表情じゃなく……
「……なぜ止める? コイツらはクズだぞ?」
あたしに対しても、苛立ちの顔を返してきていた。
その表情に、あたしの心が怯んだ。
「え?……え?……だ、だって、ダメだよ。 オジさま、あのまま剣でトドメ刺そうとしてたじゃん! そりゃ止めるわよ!」
え? あたし、何かおかしい事やった?
「……だから、なぜ止める? コイツらクズは、生きてる価値など無い。 ただ生きてるだけで害をまき散らす。 トドメを刺して何が悪い?」
その時初めて、オジさまの凍るような冷酷さを感じた。
オジさまは、本気でそう思っている。
「ゴミを掃除して何が悪い?」 そう言っている。
そして、ずっとあたしに優しかったオジさまが、あたしに対して苛立ちをぶつけている。
いや、ずっとじゃない……あの時も……
「い、いや、ダメだよ! 殺しちゃダメ! いくらオジさまでも、そんな簡単に命を奪っちゃダメ!」
オジさまがちょっと怖い……それでもちゃんと言い返す。
だって、あたしが間違ってるとは思わない。
オジさまは興奮してるだけ……もしかして違うの?
「……だから、なぜだ? ……キミは、先日もそうだったな。 ドルマールの店主も安易に許そうとした。 そのような……安易な優しさは、回り回って、キミの大切な人を傷付けるかもしれないんだぞ?」
「いやいや! 安易じゃないよ! 許してもないよ! そこまでする事ないでしょ! って言ってんの!」
あたしの語気も強くなる。
オジさまが間違ってるとも思わないけど、あたしだってここは譲れないからだ。
「許そうとしているではないか! こいつらクズに許す価値などアリはしない! 生きる価値なぞアリはしない! 裁かれて当然だ! それはキミにだって分かるだろう!」
「違うよ! 全部許すなんて言ってないよ! こいつらがクズだって……反省しない人たちだってのも分かるよ! 罰だって必要だよ! でも……!」
あたしだってそこそこ生きてる。
自分を省みることなく、他人に迷惑をかけ、自分勝手に生きる人たちがいるのは知ってる。
……それでも、さぁ!
「でも……今すぐ命を奪われる程の罪じゃないよ! 仕方なく命が犠牲に……そういう成り行きになっちゃう事があるのも分かるよ! でもさ、今はそうじゃないでしょ! オジさまだってわかるでしょ! それくらい!」
「……なぜそう思えるんだ……理解できない。 なぜだ? ハルネ嬢……キミも……あの、醜悪な感情の色を視ただろう! 腐って、歪んだ、視るに耐えない……この、おぞましい黒濁の悪意の色を!!」
そう言ってオジさまは、胸倉を掴んだまま、既に気絶しているゲスバックを指差す。
「そりゃ視たよ! そりゃムカツくよ! 許せないよ! でも、悪意の色を視るたびにさ! 誰かを殺すなんて間違ってるよ! そこはオジさまが違うってハッキリ言えるよ! 何回だって言うよ! 悪意だけで、殺しちゃダメっ!」
「……くっ」
あたしの勢いが強かったのか、オジさまはそこで初めてひるんだ。
いや、そうじゃない……オジさまは左眼を抑えている。
魔眼の……痛み?
「オジさま……眼、痛いの?」
「……くっ、いや、そうではない……」
つらそうなオジさまは、そのまま眼を抑えながらフラフラと立ち上がる。
……そうだ、ゲスバックのせいですっかり忘れてたけど、大事な事を聞かないといけないのを忘れていた。
魔眼、感情の色、悪意の黒濁色、もしかしたらオジさまの感情色だけが視えない理由。
そして、あの時怒った……今怒っている理由も……全部なんとなく分かってしまった。
「オジさま……やっぱり、視えるのね? ……あたしと、おんなじ……」
「……ああ、その通りだ。 私には、他人の感情が色となって視える。 キミと同じように……」
つらそうにその言葉を吐く、苦しそうなオジさまの表情と裏腹に……
あたしは何故だか、ちょっと嬉しかった。
