【第1部完結】 エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―


 ドルマール商会の重厚な木製の扉を開け放ち、店の外に出る。
 すでに陽は傾き始め、石畳はゆるやかにオレンジ色に染められていた。

 結構時間経っちゃったんだな、と、ハルネは今日を振り返る。


 ノクセラ草の行方も白状し、不正取引も認め、すっかり観念したチョビ髭店主。

 オジさまは懐から取り出した、ごっついスマホのような魔道具で調査局と連絡を取っていた。
 しばらくして現れた、同じ制服の調査局員が、速やかにチョビ髭店主を連行し、逮捕していった。

 ……しまった。

 件のアルテノット男爵の詳しい情報を、もっと聞けばよかったと思うも後の祭り。

 う~ん……でも、目的はあくまでサフラン香房の営業停止の解除だから、もしかしたらこれで解けるかもしれないし。
 今はこれでヨシとしようかな。

 もしダメだったとしても、その時考えよう。

 オジさまとも交流を深められた気がするし、今度はもうちょっと説明してくれる……と信じたい。

 うん!
 一旦はひと段落。

 夕焼け色は寂しさの色。
 シャリエナも一人で待たせてるし、今日はもう引き上げ時かな。

「……日も暮れてきた。 次はどこへ?」

 タイミングよく、オジさまがそう話を切り出してくれた。

「そうですねー。 一度家に帰ろっかな。 妹も心配ですし……って、チョビ髭店主さんの方はもういいのです?」
「すでに引継ぎは済ませた。 問題ない」
「ふーん、さすが仕事が早い……って、オジさま、待って!」

 帰ると決まるや否や、さっさと中央通りへ歩み始めるオジさま。

 気が早い……意外とせっかちさんなのかな? オジさまは。
 

……………


 夕暮れに照らされる小路を二人で歩く。

 人通りは少なく、正面の夕焼けは眩しいが、建物の影になっているせいで、思ったよりは暗い。

 普段ならこんな暗くて狭い小路を一人歩くなんてしないけれど、今はオジさまがいるので逆に心強い。

 くふふふ……「絶対守る」なんて言ってくれたしね!

 もちろん義務感から言ってくれたのは、分かっちゃあいるけれど、ニヤけちゃう。

 今日は朝から泣いて、笑って、驚いて、感情的には疲労感はあるけれど、結果的には良い一日だったのかも。

 そう思えるのは、前を歩くヴァルグレイのオジさまと一緒にいたからなのかな。
 

 なーんてね。

 センチメンタルな夕暮れのせいか、そんな切ない気分を呼び起こさせた。

 帰ったら何をしようかな。

 シャリエナは今頃店を片付けてるかな。
 丸投げしちゃって申し訳ないや。

 たしかレルガさんが、お店の方へ行くって言ってた気がする。
 要領のいいシャリエナの事だから、上手い事レルガさんを手伝わせてるのかもしれない。

 ……お店、営業停止、本当に解けるのかな?

「ねえ、オジさま。 営業停止、解けるんですよね? お母さんも結局関係無いんでしょう?」

 改めて問うてみる。

「……現時点でアイリス・サフランに疑いが向いていないのは保証する。 サフラン香房の営業停止については……善処する」
「明言は、してくれないんですね。 はぁ……仕方ないか」

 朝は突然の出来事に頭に血が上ってて、全然冷静じゃなかった。

 正直、お店も大分壊れちゃったし、2~3日なら休むのは有りだと、落ち着いた今なら考えられる。

「でも、悪いようにはしない……って、信じていいんですよね?」

 半日オジさまと一緒にいて分かったけど、なんだかあたしに優しい感じはする。

 きっと隠れた事情がある。
 でもきっとより良いようにという、オジさまの分かりづらい配慮なんだ。
 そういう確認のつもりだった。

 けど……

「…………」

 なぜかオジさまは何も答えてくれない。

 ……やっぱりそんな簡単な話じゃないのかなぁ。

 前を歩いているから表情も見えない。
 もちろん感情色も視えない。

 どしたもんかな、と、考えこもうとした所、オジさまから思いもしない事を聞かれた。

「……ハルネ嬢、キミは」

 オジさまが足を止める。

 こちらを振り返る。


「魔眼を持っているな? それも、人の心情を読む、そのあたりの……」


 息が止まる。

 えっ?

 えっ?

 なんで?

 ……どうして? なんでわかったの?

 突然の指摘に頭が真っ白になる。

「……ドルマールの店主への質問……単語から反応を引き出しているようだった。 普通はもっと言葉を紡ぐ。 読心系の能力者にありがちな仕草だ」

 オジさまの鋭い眼光と指摘に、思わず背筋につららを当てられたような怖気を感じる。

「……裏帳簿を見つける時も、逐一店主の反応を確かめているようだった。 あの店主も分かりやすい態度ではあったが、やはり反応を探る仕草が大きく気になった。 ……極めつけは」

 そう言ってオジさまは、あたしの顔を指差す。

 いや、顔、じゃない。 ……瞳?


「魔眼の発動時、キミの愛らしい琥珀色の瞳が、蜂蜜色……ハニーゴールドに鈍く輝く。 キミ自身が気付いているのかは怪しいが」


 ……
 …………
 ………………え、

 え~~~~~っっ!!??

 そうだったのっ!?

 全然気付かなかったよ!!

 だって誰も指摘してくんないんだもん!

 あれよね? エモパレに意識を集めたとき!

 確かに瞳がちょっと温かいなって感じはあったけども!

 驚きで緊張感が吹き飛んでしまった。

「そうだったんだ! 自分では全然気付かなかった!」
「……やはり、そうなのか」
「ええ、そうなんですよー。 エモパレって言って~……」

 あたしは感情色の魔眼「エモパレ」に付いてオジさまに話す。

 バレちまっちゃあ仕方ない。

 生まれついての魔眼。
 感情の色が視えて温度を感じるのだ、と。

「……感情の、色が視える?」
「そうそう。 でも心が読めるワケじゃないからイマイチ使いどころが難しくって~。 ああ! さっきのはすっごく上手く行きましたね! バシっと狙い通りに裏帳簿見つけた時は気持ちよかったー!」
「……キミのその様子だと、常時発動している?」
「ええ、そうですね。 ずっと視えてますよ。 もう慣れちゃいましたけど」

 そうだ、ついでに聞いちゃえ。

 今の流れなら許されるでしょ。

「でもオジさまの感情色は視えないんですよ~。 なんでですかね~?」

 さらっと聞いてやったった。

「……それについては心当たりはある。 ……が、それよりもっ!」

 ……っ!

 思わぬオジさまの強い口調に、あたしは怯んでしまう。

「……その魔眼の意味するところ……それを理解しているのかね?」
「魔眼……エモパレの意味? 感情を読めるくらいですよね? でもさ~オジさま、感情を読めたくらいじゃ……」
「その魔眼が忌まわしきものだと理解しているのか、という事だ」
「えっ?……それ、は……」

 オジさまの声色が、段々と怒気を孕んでいく。

「……その異能は、隠された人の心の闇を、罪を、暴き出す。 さきほどの店主の感情を視なかったのか? なぜ許そうとした? 悪党だぞ!?」

 オジさまの圧と視線が苦しい。

「もう一度言う。 それは、人の醜さを暴き出す、呪われた邪眼だ」
「……っ!」

 喉奥がぎゅっと縮こまり、目の端に涙が浮かんだ。

 オジさま……っ

「それを知りながら……なぜキミは……そんなにも、明るく……振舞えるんだっ!!」
「……ぅ、ひくっ……」

 ひどい……

 なんで? 

 なんでよ、オジさま……

 どうして怒るの?

 あたしたち、仲良くなれたんじゃなかったの?
 なんとなく感じてたあたしへの優しさも嘘だったの?

 やっぱり、あたしの勘違い?
 やっぱり、あたしが嫌いなの?

 朝から色々あったけど、振り返ったら、良い一日だって思えたのに……

 怒らないでよ……怖いよ……オジさま……あたし、悲しいよ……

 そんなに……そんなにエモパレが嫌だったの?

 ねえ、教えてよ……教えて!

 あたしは思わずエモパレに意識を寄せた。

 そんな事しても無駄なのに。

 ほらっ……オジさまの感情色はやっぱり読めない。


 涙を浮かべながら発動したエモパレで、オジさまをじっと見据える。

 何度見ても何にも視えない、けど……

 あたしはその一瞬を見逃さなかった。


 オジさまは、あたしの瞳から目を背ける。

 その一瞬、無表情のオジさまの、傷ついた表情が見えた気がした。


 なにそれ……傷ついたのはあたしだよ……

 なんでオジさまが、傷ついた……顔を………

 ……
 …………
 そうだよ、なんで?

 明らかに、オジさまの方が、あたしを傷つける意図で、暴言を……


 ……ちがう。
 ……ちがうよ!

 ……思い出せハルネっ!

 あたしは今日、何を見てきたの?

 コミュニケーション! 取ってきたじゃないのさ!

 オジさまは無愛想だけど、ちゃんとあたしに返事をくれた。
 オジさまはクソ真面目だけど、あたしのお願いも黙って聞いてくれた。

 やっぱり優しかったよ。

 助けてくれて、コートを掛けてくれて、慰めてくれたオジさまは、やっぱり優しいんだって、分かったじゃないのさ!


 そうだよ、いつも感情を読んでるもん。

 だから、ちょっと考えたらわかるよ。

 あれは……あの言葉は……「自分に言った言葉」

 自分に向けた刃!


「…………」

 もう一度、オジさまをじっと見つめる。

 もう、涙と怖れは弱まって、意志と知りたさが前に出る。


 ほらねっ? オジさまは、あたしを見ようともしない。
 ずっと目を背けたまま。

 まるで不貞腐れたような、何かに耐えるような、そんな仕草。

 分かるよ。

 オジさまは「あたしの中にいる自分自身を見つめるのが怖い」んだ。

 ねえ、何が怖いの? 何に怯えているの? オジさま?


 さっきまで傷付けられた心は一転して……

 オジさまをなんとかしたい、何かしたいという気持ちが湧いてくる。
 

 ねえオジさま……良かったら、あたしに話してみない?

 もしかしたらさ、あたしなら、気軽に答えてあげられるかもよ?

 自分じゃない他人が、簡単な答えを持ってるって事、いっぱいあるよ?


「……すまない。 言い過ぎた。 キミを傷付けるつもりは……いや、傷付ける言葉だったか……」

 ほら、オジさまらしくない謝罪。
 謝ってくれるとは思った。

 でも、そんな後悔を滲ませる言葉、オジさまらしくないよ?

「……どう謝った所で、再びキミを傷付けた……この詫びは……」
「いいんですよ。 オジさま」

 オジさまの言葉を途中で遮る。

「オジさまの色は視えなかったけど、伝わりましたよ。 いっぱい」
「……? どういう事だ? 私は、キミに酷い事を……」
「じゃあさ、オジさま」

 再びオジさまの言葉を途中で遮る。

「もう一回だけでいいからさ、ちゃんと、謝って?」
「…………」

 あたしの意図は分からないみたいだけど、素直に居住まいを正してくれるオジさま。

「すまなかった……」

 頭を下げ、丁寧に謝ってくれるオジさまに、あたしは笑顔を返す。

「はい、受け取りました。 これで仲直りね!」
「しかし……」
「いーの!」

 寡黙なだけじゃない。

 素直なオジさまも好きよ。

 ついでに、勇気を出して聞いちゃえ。

「オジさまは、あたしの事、嫌いじゃないよね?」
「……嫌ってなどいない」

 ――「じゃあ好き?」とは聞けないのがあたしだ。

 今はそれで十分幸せ。

 ありがとうオジさま。

「じゃあ、帰ろ。 お腹空いちゃったよ。 今日は何作ろうかな。 そうだ、オジさまも食べてく? 自慢じゃないけどあたしの料理、結構美味しいのよ?」

 オレンジの太陽が沈んでいく方へ歩み始める。

 両手を広げて、夕陽を身体に浴びながら先を進むあたしに、オジさまの大きな歩みが追いつく。

 並んだ二つの影が、石畳の上を、どこか親しげに伸びていた。


 ――優しくされたくて、恋したワケじゃない。

 オジさまにだって苦しみがあるんだと知った時、あたしは、もっと、この人の事を知りたいって、力になりたいって思った。

 その気持ちの正体は、まだ、よく分からないけど。

 でも……


 夕陽に並ぶ、二つの影。

 あたしは、気付かれぬようこっそりと、オジさまの影の肩に、あたしの影の頭を、こてんと乗せた。