婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

「エドワードお兄様を殺して私も死んでやるんだから!」

 急いで王宮へ戻ったが、懸念していたことがすでに起こってしまっていた。

 ロジーナ様は金切り声をあげ、右手に持つナイフは王太子の首元に当てられている。
 周りを取り囲んでいる騎士たちは、なるべくロジーナ様を刺激しないように、魔力は蔓延らせた状態だが剣は納められていた。

 命に別状はなかったとはいえ、まだ全快ではない王太子は抵抗することはできず、顔をしかめ、ロジーナ様にされるがままでいる。

「どうしてこんなことになったんだ」

 クラージュ様は近くにいる騎士に声をかける。

 ロジーナ様を拘束し地下牢へ連行している途中、それまでおとなしかったロジーナ様が、歩いている王太子を見つけたとたん急に隠し持っていたナイフで切り付け走りだそうだ。そして王太子に掴みかかった。騎士からしても、まさかここまで執拗に王太子様を狙っていたとは思わなかっただろう。

「全て私どもの落ち度です。油断していました、申し訳ありませんっ」
「反省は後でしてもらう。今は王太子を助けるのが先だ。アネシスは少し下がっていてくれ」

 クラージュ様はロジーナ様の前に出た。

「ロジーナ、王太子を離してくれないか」
「あら、クラージュお兄様。早いお帰りね。婚約者の方は無事に連れて帰ってこれたのかしら?」
「彼女に罪はないのだから、帰ってくるのは当然のことだ」
「あんな女、さっさと尋問牢で野垂れ死んでくれたらよかったのに」

 冷静に問いかけるクラージュ様だったが、興奮した様子のロジーナ様はまるで開き直っているかのようだった。
 もう、王女としての皮を被ることも、取り繕うことも諦めているような。だからこそ、王太子は危ない。本当に王太子を殺して自分も死んでもいいと思っているかもしれないからだ。

「ロジーナ、もうこれ以上罪を重ねるな」
「このままなにもしなくたってどうせ私は処刑されるのよ! だったらエドワードお兄様にも死んでもらうんだから!」
「なぜそこまでして王太子の命を奪おうとするんだ」
「エドワードお兄様がいなくなればクラージュお兄様が時期国王になれるのに!」

 ああ……そういうことか。ロジーナ様の叫びに、ずっと疑問に思っていたことが腑に落ちた。
 現在国王の息子はエドワード王太子だけだ。エドワード王太子が亡くなれば、国王の甥であるクラージュ様が時期国王になるんだ。
 そして、クラージュ様と結婚したロジーナ様は必然的に皇后になる。

 もしかして、クラージュ様との結婚も自分が皇后になるために?
 いや、それは違う。そうではない気がする。

「俺は、国王になどなるつもりはない。この国を背負っていくのは、国王になるのは、エドワードだけだ」
 
 クラージュ様が初めて王太子を呼び捨てにした。
 王太子と騎士という上下関係から発した言葉ではなく、従兄弟同士として、一人の人間として、心からそう思っているのだと言っているように聞こえた。

「それでも私はクラージュお兄様に国王になって欲しいのよっ!」

 ロジーナ様はナイフを大きく振り上げた。その目は狂気に満ちている。

「やめろロジーナ!」

 クラージュ様は氷の魔法を放った。ロジーナ様の手は固い氷に覆われ締め付けられたようになる。そしてそのままナイフは冷たい金属音を響かせて床に落ちた。

「ロジーナ王女を捕まえて王太子を保護!」

 その場にいた騎士たちがロジーナ様を取り押さえた。
 拘束され、左右後方と取り囲まれた状態で連れていかれる。

 その時ふと、ロジーナ様と目が合った。不敵な笑みを浮かべ、私に話しかけてくる。

「あなたならわかるでしょ? 愛する人のためなら誰かを殺めるなんて、なんてことないって」
「わかりませんっ! 誰かの命を奪うことも、大切な人を悲しませることも私はしません! あなたはクラージュ様のためではなく、自分の自己満足のために罪を犯したのです」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! あんたがいなければ、あんたさえ現れなければもっと上手くやれたのに!」

 ロジーナ様は拘束さたまま、我を失ったかのように喚き散らす。
 けれど、抵抗はすることなく騎士たちに連れられていった。
 外には黒い騎士が待機していて、ロジーナ様を馬車に乗せるとすぐに尋問牢へと出発した。

「これでもう、本当に解決したのですね」
「尋問牢でどうなるかはわからないが、あそこから出てくることはないだろう。それに、ロジーナの右腕はすでに壊死しているはずだ」
「壊死……?」
「魔法で作られた氷は、魔力を持たない体では耐えることができない。なるべく使いたくなかったが、あの状況では仕方なかった」
「王太子の命には代えられませんから。クラージュ様は何も間違ったことはしていません」

 クラージュ様は複雑な気持ちなのかもしれない。
 従妹であったロジーナ様が、自分のために王太子を殺そうとしていたなんて今まで思っていなかっただろう。
 私はそれ以上かける言葉がみつからず、ただ小さくなっていく馬車を見えなくなるまで見送った。

 後日、ロジーナ様は尋問牢についたあと、隠し持っていた毒で自害したと黒い騎士から報告がされた。

 最後まで『私は間違っていない』そう叫んでいたそうだ。

 ロジーナ様は本当にクラージュ様のことが好きだった。
 クラージュ様を国王にすることが、ロジーナ様の愛だったのかもしれない。けれどそれは間違った愛だ。
 だれかを蹴落とし、殺め、手に入れられる幸せなんてない。
 愛する人を幸せにしたいのなら、愛する人の周りを幸せにしなければいけない。
 私はそう思っている。


 次の日、私は久しぶりに騎士団の食堂に来ていた。
 あんなことがあったのだから少しゆっくりした方がいいと、厨房の仕事はお休みすることになった。

「アネシスさん、すっごく心配しんたんだから!」
「ほんとだよ。王太子に毒を盛るなんて大それたことアネシスさんにできるわけないのに」
「お二人とも、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 エレナさんとフレドリックさんは食堂に来た私に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくれる。
 二人の様子に、ひどく心配をかけていたのだと申し訳なくなった。
 特にフレドリックさんは毒の入手先を見つけるために奔走してくれたそう。
 パセリのことだけでなく、ロジーナ様が入手した毒と私の荷物に入っていた毒が同じだったこと、ロジーナ様がよく私に会いに来ていたのを知っていた厨房のスタッフが、その時に毒を荷物に入れたんだろうと証言してくれたことから私の身の潔白が証明されたのだ。

「アネシス、少しかまわないか」

 その時、クラージュ様が食堂に入ってきた。
 真剣な表情で私を見る。

「大事な、話があるんだ」
「はい……大丈夫です」

 大事な話……なんだろう。
 今回の件でクラージュ様には本当に迷惑をかけた。
 ロジーナ様に言われた通り、私なんかがいなければ、あんなことにはなっていなかったかもしれない。クラージュ様もそう思っていないだろうか。
 どんな話をされるのか不安になりながらもクラージュ様について、いつものベンチに向かった――。