婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

 王宮で働き始めてしばらく経った。
 お茶会の準備で出入りしていたため勝手はわかっているけれど、王族に出す日常の食事を作ることはまた違った緊張感がある。
 味、見た目、そして何より安全性。
 美味しい料理を提供することは当たり前だが、いつ、どのような危険があるかもわからない王族の方々に安心して食事をとってもらうことが私たちの仕事なのだとわかってきた。

「アネシスさん、次スープの仕上げお願いします」
「はいっ」

 料理は一品ずつ順番に出していく。なるべく出来立てを提供できるように、スピードを考えて作るのも大変だ。
 お皿にスープを注ぎ、パセリを散らす。
 王太子のエドワード様はパセリがお好きではないため、代わりにパセリに似たハーブのディルを散らした。
 全員分をワゴンに乗せ、給仕の方に渡す。

「よろしくお願いします。いつものようにエドワード様だけディルの入ったものをご用意しています」
「わかりました。それと、今日は陛下がいつもより食事のスピードが早いです」
「そうなのですね。では次の品少し急ぎます」

 もちろん、いつも同じ速さで食事をするわけではないし、メニューによっても違う。
 たくさんの使用人たちと連携を取りながら料理を提供している。
 
「料理長、次のポアレもう焼きはじめましょう」
「もう焼きはじめてるよ」
「さすがです!」

 オルコット料理長は下味をつけておいた白身魚をオイルをひいたフライパンに並べていた。
 周りの状況を把握して手際よく、それでいて最高の料理を作りあげる。
 食堂でいた時にはほとんど意識していなかったことが、ここではともても重要だった。
 はじめはその流れにあたふたしたりもしたけれど、段々と周りを見て動けるようになってきている。

 クラージュ様にもなかなか会えず、食堂の和やかな雰囲気が恋しくなることもあるが、私は頑張ると決めた。
 少しでも実力を上げて認めてもらえるように。
 クラージュ様の婚約者として恥ずかしくないように。

 その時、バタバタという足音が聞こえてきた。
 何事かと思っていると、厨房のドアが勢いよく開かれ、険しい顔の衛兵がぞろぞろと入ってくる。
 そして私を取り囲み、痛むほどの力で腕を掴まれあっという間に拘束された。

「えっ?! なんですか?! 離してください」
「アネシス・マドリーノ、王太子毒殺未遂で拘束する」
「王太子毒殺?! どういうことですか? 私は知りません何もしていません」

 抗議しながらも衛兵は有無を言わさぬ圧力で私を連れていく。
 厨房のスタッフは突然のことに啞然している。

「アネシスさん!」

 オルコット料理長が私に手を伸ばそうとしてくれたが、衛兵に止められ、引き離されるようにドアは閉められた。

「何かの間違いです、話を聞いてください」
「私どもの仕事はあなたを拘束し、投獄することです。お話することはできません」
「そんな……どうしてっ」

 衛兵は歩みを止めることなく進んで行く。私は引きずられるように連れられていくしかなかった。
 建物を出て裏手の細い通路を抜けると厚い鉄の扉があり、二人がかりで開かれる。
 そのまま地下の牢獄へと入れられると、私を拘束した衛兵たちは戻っていった。
 入り口の見張り兵は私のことなど気にすることもなく扉の前に立っている。

「いったい、どうしてこんなことになったの……」

 薄暗く冷たい牢獄でへたり込み、拳を握る。
 王太子毒殺未遂だと言っていた。私が疑われたということはお料理に何かあったのだろうか。
 前菜は問題なく食べ終えていた。そうなると毒が入っていたのはスープ……。
 確かにスープは私が仕上げをして給仕の方に渡した。

 味見をした時もなにも問題はなかったし、間違っても毒を入れるなんて絶対にしない。
 でも、話を聞いてくれることさえしてくれなかった。
 私が犯人だと決まっているかのようだった。
 このまま私はどうなるのだろう。
 王太子暗殺未遂の罪で処刑されてしまうのだろうか。

「だれか、たすけて――」

 地上と遮断された空間で、何が起きているかもわからず、ただ恐怖と闘いながら時間だけが過ぎるのを待つだけだった。


 ◇ ◇ ◇


「あら、処刑される前にすでに死んだような顔してるわね」
「ロジーナ様……」

 膝を抱え、座り込んだ私を鉄格子ごしに見下ろすロジーナ様は、満足気に笑っている。
 陽の光が入らずどれくらいの時間が経ったかわからないが、ネグリジェにストールを巻いた姿のロジーナ様にきっと、夜なんだろうと想像できた。

「王太子のお皿に毒を盛るなんてなかなかやるわねぇ」
「私ではありません!」
「どうせならそのまま死んでくれたらよかったのに」
「なんということを……ロジーナ様のお兄様ではないですか」
「あんな人、父親が同じってだけで兄なんかじゃないわよ。いなくなってくれた方が清々するわ」
「どうして……まさか、ロジーナ様が王太子を……?」
「明日尋問牢へ行くあなたには関係ないことよ。クラージュお兄様のことは私が幸せにするから安心してね」

 ロジーナ様は不敵な笑みを浮かべ、はらはらと手を振りながら踵を返す。
 尋問牢?! 噂に聞いたことがある。罪人が尋問のために連れていかれる牢。だが、そこから出てきた者はいないと。
 なんでそんなところに? 私はなにもしていないのに!

「待ってください! 私はやっていませんっ、何かの間違いです! ロジーナ様!」

 何を言っても振り返ることはなく、ロジーナ様は去っていった。

 どうして、こんなことに……。
 それになぜロジーナ様はわざわざ私のところに来たの?
 私のことを嘲笑いにきたのだろうか。いつまでもクラージュ様の婚約者として居座っていた私を蔑みにきたのだろうか。

 王太子が死ねばよかったなんて、なんて恐ろしいことを言うのだろう。
 まさか本当にロジーナ様が毒を入れたの?
 あり得ないことではないかもしれない。
 でも、私がそんな憶測を話したところでだれが信じてくれるだろうか……。

 クラージュ様も、私が王太子を毒殺しようとしたと思うのかな。
 仮にも婚約者である私が王太子毒殺未遂を起こしただなんてきっと迷惑をかけているに違いない。
 私は、どうしたらいいの……どうなるの……。
 明日、本当に尋問牢へ連れて行かれればきっともう出てくることはできない。
 それどころか、命の保証もない。
 不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、私はただ、冷たい地下牢で体を震わせるしかできなかった。
 
 クラージュ様……クラージュ様に会いたい。