婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

 お茶会ということもあり、主に出すのはお茶菓子で、あとは簡単な軽食だそうだ。
 お菓子作りも好きだけれど、本格的に学んだことは今までない。
 オルコット料理長や王宮の厨房の方たちにいろいろと教わりながら、意見を出し合い試作を繰り返している。
 
「このタルトとても美味しいですが、一切れ食べるとお腹いっぱいですね」
「そうだろうか? 私はまだまだいけるが」

 そう言いながらオルコット料理長は二つ目のタルトを口に入れ、もう少ししっとりさせた方がいいだろうか、なんて呟いている。
 確かに男性ならこれくらいではお腹いっぱいにならないだろう。
 けれど、お茶会に参加するのは全員女性だ。
 その上、しっかりとコルセットをしめているはず。

「恥ずかしながら、私お茶会というものに参加したことはないのですが、学園時代よく行っていたという女生徒が、プディングも食べたかったけど、タルトでお腹いっぱいになってしまったとか、はしたないと思われるのが嫌で、あまり手をつけられなかったと言っていました」
「食べたくても、食べられない、ということか……それは、女性ならではの悩みかもしれんな」

 どんなに美味しいお菓子をお出ししても、気持ちよく食べてもらわなければ意味がない。
 良い雰囲気を作るのもお菓子の役割だと、考えているうちに気づいてきた。

「一つ一つを小さいものにするのはどうでしょう。今回、季節のフルーツを使ったタルトをメインにすることは決まっていますが、タルトは生地で満腹感もでますし、せっかくお出ししても他のお菓子が食べられなくなる可能性があります」
「ホール型のものをカットするのではなく、カップサイズの小さな型で作るのはどうだろう?」
「確かに、いいかもしれません。あと、一つの種類を大皿で出すのではなく一枚のお皿に全て乗せて出すのはどうでしょう? お皿を一枚手に取るだけで全種類食べることができるのでは」
「一つのお皿を取れば全種類食べれる……なるほど。そうすれば、あれもこれもと手を伸ばすことの躊躇もなくなるかもしれない。ありがとう、アネシスさん。そんな発想我々では思いつかなかったよ」

 食べたい量や好みやもあるだろうから、全員分を全種類お皿に分けるのではなく、いろいろなバリエーションを作り、ぞれぞれ好きなお皿を選んでもらえばいいのではないかということになった。
 細かい味付けや装飾などは今後煮詰めていくが、メインのタルト、ワインゼリー、クルーメット、クッキー、マドレーヌを作ることが決まった。
 少しずつ進んでいくお茶会の準備、話し合いをしながら良いものを作り上げていくという過程が楽しいと思えた。

 小さなタルト用にフルーツを小さく切ったフィリングを準備し、今日は帰ることになった。
 試作で余ったタルトを持って、王宮の厨房を出る。
 最近忙しくてクラージュ様との時間をあまりとれていないが、時々余ったお菓子を持って差し入れに行く。
 会うための口実ではあるが、少しでも一緒にいられることが嬉しかった。
 今日も王宮の帰り、会う約束をしている。

 試作ではあるけれど、美味しいタルトが焼けた。
 クラージュ様、喜んでくれるかな。
 そんなことを思いながら王宮の長い廊下を歩いていた。

 すると十字路で誰かとぶつかりそうになる。

「わっ……」
「ちょっと、気を付けなさいよ」
「す、すみませんっ!」

 不機嫌そうに佇むその人は、ウェーブのかかったブロンドの髪に青い瞳、ピンク色の綺麗なドレスを身に纏った第二王女のロジーナ様だった。

「ああ、あなたが、期待の新人アネシスさん?」

 期待の新人、と言われると違う気がするけれど、私がアネシスであることは間違いない。

「アネシス・マドリーノと申します」
「あなたの噂は聞いてるわ。とても優秀だって」
「恐れ入ります……」

 今までお話ししたことなんてないし、関りもない。
 私が一方的にお目にかかったことがある程度だ。
 なのにロジーナ様のような方が私を知っているなんて。
 そしてふと、ロジーナ様の目線が私が持っているタルトに向いていることに気づく。

「あの、もしよければフルーツのタルト召し上がりますか? 今度のお茶会に出す試作品なのですが、よければ」
「ふうん」

 包んでいた手巾を広げ差し出すが、ロジーナ様が手を伸ばしたと思うとタルトを地面に叩きつけた。

「えっ……」
「勘違いしないで。ちょっと料理ができるからってなに? この泥棒猫。あなたなんてクラージュお兄様にふさわしくないんだから、早く婚約を破棄してちょうだい!」

 あ……。私は、この目を知っている。蔑むような、不快なものを見るような目。
 以前、舞踏会で私を見ていた時と同じだ。

 ロジーナ様はクラージュ様の従妹にあたる方だ。
 この婚約を認めない、周りにそういう人たちもいるだろうということはわかっていた。
 私がクラージュ様にふさわしくないことだってわかっている。
 今さら誰かに面と向かって言われるとは思っていなかったけれど。
 でも、私はクラージュ様が好きだ。
 クラージュ様が婚約破棄を告げてくるまでは私は引かないと決めている。

「私は、婚約を破棄するつもりはありません」
「あなたがそのつもりはなくてもすぐに婚約は破棄されることになるわよ」

 ロジーナ様は冷たい目線を向けたあと、叩きつけたタルトを踏みつけて去っていった。

「私を認めないのはわかるけど、タルトにあたらなくてもいいじゃない――」


 ◇ ◇ ◇

 食堂へ戻ると、クラージュ様がベンチに座り待ってくれていた。
 
「すみません、今日はなんの差し入れもないのです」
「俺は何か食べたくて待ってるわけじゃない。アネシスと一緒にいたくて待ってるんだ」

 少し落ち込んでいる私に優しく声をかけてくれる。
 クラージュ様の言葉一つ一つが嬉しく思える。
 
 ロジーナ様のことを気にしていないわけじゃない。
 でも、クラージュ様の顔を見ると、声を聞くと、すごく安心した。

「ありがとうございます」
「アネシスは食堂の仕事もお茶会のことも頑張っていてすごいな」
「ですが、食堂の仕事はエレナさんやフレドリックさんにすごく負担をかけてしまっています」

 朝食を終えた後、私は王宮へ行っている。
 夕食のことは二人に全てお願いしていた。
 特にエレナさんには慣れないこともたくさんお願いしている。

「いろいろと任せてもらえるようになって喜んでいるとキースが言っていたぞ」
「それならよいのですが。エレナさんはどんどんお料理も上達していて本当にすごいです」
「アネシスだって、王宮の料理長に認められて今回お茶会を任されているじゃないか。自慢の婚約者だよ」

 私を、自慢に思ってくれているんだ。嬉しい。
 今の自分が全く引け目を感じないかといえば、噓になる。
 でも、クラージュ様はいつも私を褒めてくれる。
 これからも、もっともっと誇りに思ってもらえるように、クラージュ様の隣に並んでも恥ずかしくないように頑張ろう。
 ロジーナ様の言っていたことなんて気にならなくなるくらい、私が自分を磨いていけばいいんだ。