婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

 本当は食事の後、婚約は終わりにしようと言うつもりだった。
 でも、できなかった。

 もう少し、もう少しだけこの時間を過ごしたい。

 どこに行けばいいか悩み、少し歩いてやってきたのは大きな噴水のある公園だった。
 木陰にあるベンチに並んで座り、噴水の周りを楽しそうに走り回る子供たちを眺める。

 もう少し一緒にいたいと思ったものの、何を話せばいいかわからず当たり障りない話をする。

「子供たちは、元気だな」
「そうですね。とても楽しそうで見ていて癒されます」

 俺は、君を見ていると癒されるんだ。
 この時間が永遠に続けばいいと思うほどに。

「今日、アネシスと過ごせて楽しかった」
「はい、私もです。ありがとうございました」

 けれど、言わなければ。
 婚約を解消しようと。

「君といると自然と笑顔になる」
「そう言っていただけて、とても光栄です」

 でも、その前にちゃんと感謝を伝えてから。

「いつも、感謝している」

 なかなか切り出せないでいると、心なしかアネシスは婚約破棄を待っているような気さえしてきた。
 早く、言わなければ。

「ギブソン家の子息が、新しく婚約を結んだらしい」
「はい。存じております」
「これでもう、君との婚約の理由はなくなった」
「はい」
「それで、だな婚約を……」
「はい」

 破棄しよう。
 
「もう少し、続けてもいいだろうか」
「えっ……?!」
「婚約を、もう少し続けてもいいだろうか?」
 
 ああ。俺は、なんて自分勝手で臆病なんだ。

 アネシスは驚いた様子で目を見開き固まっている。
 それもそうか。
 もともと、破棄を前提とした期間限定の婚約だった。
 婚約を続ける理由がなくなった今、破棄するのが当然だろう。

 だが、俺は諦めきれなかった。
 
 自分勝手なお願いだということはわかっている。
 アネシスの悩みにつけ込み、あわよくば本当の婚約者に、なんて思っていた自分が愚かだった。

 アネシスは心から想い合える相手と結婚したいと言っていた。
 俺は、その相手になれるよう努力しただろうか。
 婚約者という立場にかまけていたのではないだろうか。

 マリアンヌに言われた言葉を思い出す。

『絶対にアネシスさんを逃してはだめよ』

 俺は迷っていた。
 アネシスは自ら舞踏会のパートナーまで務めてくれた。
 ブルーのドレスを着た彼女は本当に綺麗で、そして頼もしくて優しかった。
 随分と助けられた。
 そんな彼女を、これ以上不本意な婚約を続けて縛りつけていてはいけない。

 そう思っていたのに、今日の彼女が可愛い過ぎた。

『クラージュ様の瞳の色と似ていて綺麗だなと』

 こんなことを言われて諦められるわけがないだろう。
 
 この婚約を破棄した後、彼女は他の男と恋をして結婚するのだろうか。
 そんなこと耐えられるはずがない!

「えっと……よろしいのですか? このまま婚約を続けても」

 アネシスは戸惑っている。
 けれど、嫌がってはいないようだ。

「いいもなにも、俺がそうして欲しいと思っているんだ」
「何か、ご事情でもあるのですか?」
「事情……というよりは、気持ちの、問題だろうか……」
「もう少し、とは具体的にどれくらでしょうか?」
「それは、まだはっきりとは……」
 
 それは、君に好きな人ができるまで。
 あるいは、俺のことを好きになってくれるまで。
 でもそんなことは言えない。

「わかりました。何か、深い事情があるのですね。それでは、このままどうぞよろしくお願いします」
「いいのか?! ありがとう!」

 ペコッと頭を下げた彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
 本当に愛おしい。
 俺は、これから彼女の想い人になれるよう、本当の婚約者になりたいと思ってもらえるよう、全てを尽くしていく。

 ◇ ◇ ◇

 婚約破棄を告げられると思っていたのに、まさか続けたいと言われるとは思っていなかった。

 びっくりした。それ以上に嬉しかった。
 まだ、クラージュ様の婚約者としていられるんだ。

 婚約の継続を了承した時の表情は可愛らしかった。
 そんなに嬉しいのだろうか。そうだといいな。

 けれど、複雑そうな表情で『気持ちの問題』と言ったクラージュ様は私には言えない想いを抱えているのだろう。
 やっぱりまだマリアンヌ様のことを引きずっているのだろうか。
 そんな簡単に忘れられるわけもないか。
 マリアンヌ様が嫁いでいってしまわれたから、クラージュ様も本当の婚約者を探すのかもしれない。
 でも、まだ気持ちが追い付いていないのだろう。
 だったら、気持ちの整理がつくその時まで、クラージュ様が私を必要としてくれる間は精一杯、婚約者というお役目を果たそう。

 「クラージュ様。私たち、仮にも婚約者なのですから、これからもたくさんおでかけして、たくさん美味しいものを食べて、たくさん楽しいことをしましょう! そうすれば、きっと前を向けるし、いいことがあるはずですっ!」
「いいことがある、か。そうだな、そうだといいな」

 少し前のめりになってしまったが、クラージュ様は柔らかく微笑んでくれた。

 これから一緒にいられる限りある時間を、もっと大切に嚙み締めながら過ごしていこう。
 いつか、婚約破棄を告げられるその時まで。

「アネシス、さっそくお願いがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
「今度、王宮内の闘技場で公開演習があるんだが、見に来てもらえないだろうか」
「公開演習の観覧は招待された人しかできないのでは?」
「それはもちろん俺が招待する。アネシスが見に来てくれたら頑張れるんだが……。だめ、だろうか?」

 また子犬のような表情で不安そうに聞いてくる姿は、本当に可愛い。
 そんなふうにお願いされて、断れるわけがない。

「喜んで行かせていただきます」
「良かった! ありがとう」

 お仕事をしているクラージュ様を見るのは初めてだ。
 きっと、かっこいいだろうな。楽しみだ。