まぼろしテンダー




「すばるー!大丈夫!?」



ベランダから聞こえてきたなっちゃんの声に、はっと我に返る。顔を上げて、今行くー!と、思いきり大声で返した。もう時間がない。



「じゃっ、私急いでるんで!ほんとのほんとにすみませんでしたっ!」



勢いのままそう言って、改めて男の顔を見る。
念のため、もう一度だけ、怪我がないかを確認した。腫れてるところもなさそうだし、痛がってる様子もない。

ほんとに、奇跡みたいな話だ。



「もし後から体、痛くなってきたら教えてください!2年の3組にいますので!」



そこまで一気に言い切ってから、手に持っていたプリントを握り直す。
もうすぐチャイムが鳴る。


無事に、無事と呼んでいいのかは分からないけど、なっちゃんのプリントも取り戻せたし、これ以上ここにいる理由はない。教室に戻ろう。



「お前、いい根性してんな」



背中越しに投げられた低い声に、一瞬だけ足が止まりかけた。