このまま大野も帰るんだろうな。
そう思ったが、大野はあたしの方へ視線を向けた。
「おい、いるんだろ?」
いつの間にか、気づかれていたようだ。
もう隠れることはできないし、あたしは角から出た。
何となく気まずくて、大野の顔を見れない。
「さっきの、どこから聞いてた?」
大野がこれまでないくらい低い声で言った。
嘘を付くべきか、それとも本当のことを言うべきか。
迷った挙句、本当のことを言った。
「実は全部聞いてたの。で、でも聞くつもりはなかったんだよ!?忘れるから。ごめんね」
そう言って大野の横を通り過ぎようとしたあたしの腕を、大野が掴んだ。
そのまま腕を引かれて、大野の腕に収まる。
大野に抱きしめられるのは2回目だ。
何だか心地よくて、心が温かくなっていく気がする。
あたしも大野の背中に腕を回そう。
そう思って手を動かしたが、すぐにその手を止めた。
それは、さっきの琴音の姿を思い出したからだ。
琴音の恋を応援するって決めたのに、ここであたしが大野に心を許してしまえば、あたしは裏切り者になる。
そんなことしたくないし、絶対にできない。
大野の腕を振り解こうとしたとき、大野が口を開いた。
「紗英、俺、お前のことが…」
これ以上は聞いてはいけない。
あたしの心が、カラダがそう言っている。
あたしはすぐに大野から離れた。
そして、そのまま傘を片手に走り去った。
ー『紗英、俺、お前のことが…』
これが、あたしが最後に聞いた大野の声だった。

