映画館に来たものの、何の計画もなく来てしまったので泣けそうな映画は特になかった。
それでも、ホラー、アクションもの、洋画ファンタジー、面白そうなものはたくさんある。
「今日は涙活はやめにして、普通に映画楽しもうか」
「兼森さん、さっき泣くの我慢してましたよね」
「え? そんなことはないけど……」
心乱されはしたけど、泣くほどではなかった。
そもそも、私は涙活以外で泣いたりしない。
けれど氷山くんは納得していないようだった。
「俺からは兼森さんに指一本触れません。この前みたいなことは絶対にしないので、ついて来てください」
映画館を出て、街を歩いていく。
どこに行くんだろう。
着いたのはすぐ近くの漫画喫茶だった。
受付けでカップルシートの個室を選び、中へと入る。
小さな座椅子が二つある、フラットルームだった。
しっかり足を伸ばせるし、それなりに距離も取れる広さがある。
「漫画喫茶でもカップルシートはけっこう広いんだね」
「本当ですね。俺も初めて入りました」
静かで薄暗い空間に二人とも自然と会話が小声になっていた。
私は座椅子に座って足を伸ばす。
氷山くんは胡坐をかいてパソコンを操作し始めた。
サービスの中に映画や動画を観られるチャンネルがあるみたいだ。
「ベタですけど、この映画どうですか? 観たことあります?」
指さしたのは、戦争映画だった。若き特攻隊員が大切な人を残して出撃していく。
物語はフィクションかもしれないけれど、実際に起こったかもしれない悲しい事実。
容赦なく失われていく多くの命たちに、晴れることのない悲しみがいつまでも残り続ける。
だからか、戦争ものは少し苦手で避けてきたところがある。
でも、彼となら観てみようと思えた。
「ううん、観たことないよ。それにしよう。絶対大泣きする」
氷山くんは映画を再生し、座椅子にもたれた。
登場人物のそれぞれの人生や生活が描かれ、そして特攻隊員として旅立っていく。
それを見送る家族や恋人たち。
やっぱり、悲しい。
そして突撃する戦闘機の中で、写真を握りしめる隊員。
私は思わず隣に置かれた氷山くんの手を握りしめていた。
「あ……ごめん」
パッと手を離すけれど、すぐに優しく握られた。
「俺からは触れないって言いましたけど、兼森さんからなら大歓迎です。好きなだけ握っていてください」
映画が大事な終盤ということもあり、そのまま何も言わず続きを観た。
終戦し、残った人々は新たな生活が続いていくけれど、大切な人は帰ってこない。
理不尽で、正解のない、なんて悲しい物語なんだろう。
覚悟はしていたけど、涙が溢れて止まらない。
いつも以上に、全身で泣いている感覚になる。
私は部屋にあったティッシュの箱に手を伸ばした。
すると氷山くんが待ってください、と手を握る。
どうしたのかと思っていたら、鞄の中からうちの商品で高級品であるオイルインウォーターティッシュを取り出し渡してくれた。
「こっち使ってください」
「ありがとう……高いのにいつもこれ使ってるの?」
「使ってるわけじゃないんです。でもお守りにいつも持ってて」
「お守り? ポケットティッシュが?」
「はい。何かあったり、特別な時だけそれを使ってるんです」
変わったお守りだ。
でも、たかがティッシュでも彼にとっては大切ものなのかもしれない。
「私が使ってもいいの?」
「もちろんです」
そう言いながら一枚取り出してくれたので、遠慮なくいただいた。
控えめに、なるべく音を立てないように鼻をかむ。
「やっぱり普通のとは全然違うね。肌触りが優しい」
もちろん使ったことはあるけれど、普段自分で買うのはもっとリーズナブルなティッシュだ。
久しぶりに使うと、その質の良さに感動する。
「昔、いろいろと悩んでいたときにこのティッシュをくれた人がいたんです。すごく些細なことだったけど、俺はその人とこのティッシュに救われたんです」
「そっか。だからお守りなんだね」
たかがティッシュだけど、氷山くんにとっては思い入れのある大切なものなんだ。
うちのティッシュがこんなふうに誰かの支えになっているなんてすごいな。
「兼森さん、泣いてスッキリしましたか?」
そうだ私、会社でのことすっかり忘れていた。
瀬川さんのこと、全然頭になかった。
映画に没入して、思いっ切り泣いて、他愛のない話をして。
氷山くんが誘ってくれなかったら、家に帰ってもずっとモヤモヤしていただけだっただろう。
「うん。すごく良い気分転換になったありがとう」
「俺、兼森さんの泣き顔好きなんですけど、やっぱり笑った顔もいいですね」
「え、何急に……」
泣き顔が好きって初めて言われた。
笑った顔は普段からよく見せてると思うんだけど。
氷山くんはふわりと笑うと、ウォーターティッシュで私の頬の涙をポンポンと拭った。
「無防備に涙を流す姿が、俺だけが知ってる兼森さんみたいですごくそそられるんです。泣いた後の赤くなった目でクシャっと笑うのも」
「そ、そそられる?!」
「はい。だからこの前家で思わずあんなことしてしまってすみませんでした。もう、いきなりあんなことはしません。反省してます」
「いや、それは私も悪かったから……」
頭を下げる氷山くんにこっちが申し訳なくなる。
だって受け入れたのは私だから。
嫌だったわけじゃないから、謝る必要なんてない。
「俺、はじめは兼森さんに頼って涙活をしてましたけど、これからは頼ってもらえるように変わります。だからこれからも一緒に涙活してくれますか」
「それはもちろん。本当は、あれから少し氷山くんに避けられてるんじゃないかって思ってたんだよね」
「すみません。兼森さんに忘れようって言われて、自制できなかった自分が情けなくなって、もっと落ち着いて、冷静な距離を保たないとって悩んでいたらあんな態度になってしまいました」
やっぱり少し避けられていたのか。
なんだか寂しい。でも、ちゃんと本音を聞けてよかった。
「悩んでたのにありがとう。助けてくれて」
「今後も何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
静かで、二人きりの空間。
足を伸ばして、小さな声で会話するこの時間がとても心地良かった。
瀬川さんとちゃんと話はついていないけれど、私はもう乱されたりしない。
そう思えた。
それでも、ホラー、アクションもの、洋画ファンタジー、面白そうなものはたくさんある。
「今日は涙活はやめにして、普通に映画楽しもうか」
「兼森さん、さっき泣くの我慢してましたよね」
「え? そんなことはないけど……」
心乱されはしたけど、泣くほどではなかった。
そもそも、私は涙活以外で泣いたりしない。
けれど氷山くんは納得していないようだった。
「俺からは兼森さんに指一本触れません。この前みたいなことは絶対にしないので、ついて来てください」
映画館を出て、街を歩いていく。
どこに行くんだろう。
着いたのはすぐ近くの漫画喫茶だった。
受付けでカップルシートの個室を選び、中へと入る。
小さな座椅子が二つある、フラットルームだった。
しっかり足を伸ばせるし、それなりに距離も取れる広さがある。
「漫画喫茶でもカップルシートはけっこう広いんだね」
「本当ですね。俺も初めて入りました」
静かで薄暗い空間に二人とも自然と会話が小声になっていた。
私は座椅子に座って足を伸ばす。
氷山くんは胡坐をかいてパソコンを操作し始めた。
サービスの中に映画や動画を観られるチャンネルがあるみたいだ。
「ベタですけど、この映画どうですか? 観たことあります?」
指さしたのは、戦争映画だった。若き特攻隊員が大切な人を残して出撃していく。
物語はフィクションかもしれないけれど、実際に起こったかもしれない悲しい事実。
容赦なく失われていく多くの命たちに、晴れることのない悲しみがいつまでも残り続ける。
だからか、戦争ものは少し苦手で避けてきたところがある。
でも、彼となら観てみようと思えた。
「ううん、観たことないよ。それにしよう。絶対大泣きする」
氷山くんは映画を再生し、座椅子にもたれた。
登場人物のそれぞれの人生や生活が描かれ、そして特攻隊員として旅立っていく。
それを見送る家族や恋人たち。
やっぱり、悲しい。
そして突撃する戦闘機の中で、写真を握りしめる隊員。
私は思わず隣に置かれた氷山くんの手を握りしめていた。
「あ……ごめん」
パッと手を離すけれど、すぐに優しく握られた。
「俺からは触れないって言いましたけど、兼森さんからなら大歓迎です。好きなだけ握っていてください」
映画が大事な終盤ということもあり、そのまま何も言わず続きを観た。
終戦し、残った人々は新たな生活が続いていくけれど、大切な人は帰ってこない。
理不尽で、正解のない、なんて悲しい物語なんだろう。
覚悟はしていたけど、涙が溢れて止まらない。
いつも以上に、全身で泣いている感覚になる。
私は部屋にあったティッシュの箱に手を伸ばした。
すると氷山くんが待ってください、と手を握る。
どうしたのかと思っていたら、鞄の中からうちの商品で高級品であるオイルインウォーターティッシュを取り出し渡してくれた。
「こっち使ってください」
「ありがとう……高いのにいつもこれ使ってるの?」
「使ってるわけじゃないんです。でもお守りにいつも持ってて」
「お守り? ポケットティッシュが?」
「はい。何かあったり、特別な時だけそれを使ってるんです」
変わったお守りだ。
でも、たかがティッシュでも彼にとっては大切ものなのかもしれない。
「私が使ってもいいの?」
「もちろんです」
そう言いながら一枚取り出してくれたので、遠慮なくいただいた。
控えめに、なるべく音を立てないように鼻をかむ。
「やっぱり普通のとは全然違うね。肌触りが優しい」
もちろん使ったことはあるけれど、普段自分で買うのはもっとリーズナブルなティッシュだ。
久しぶりに使うと、その質の良さに感動する。
「昔、いろいろと悩んでいたときにこのティッシュをくれた人がいたんです。すごく些細なことだったけど、俺はその人とこのティッシュに救われたんです」
「そっか。だからお守りなんだね」
たかがティッシュだけど、氷山くんにとっては思い入れのある大切なものなんだ。
うちのティッシュがこんなふうに誰かの支えになっているなんてすごいな。
「兼森さん、泣いてスッキリしましたか?」
そうだ私、会社でのことすっかり忘れていた。
瀬川さんのこと、全然頭になかった。
映画に没入して、思いっ切り泣いて、他愛のない話をして。
氷山くんが誘ってくれなかったら、家に帰ってもずっとモヤモヤしていただけだっただろう。
「うん。すごく良い気分転換になったありがとう」
「俺、兼森さんの泣き顔好きなんですけど、やっぱり笑った顔もいいですね」
「え、何急に……」
泣き顔が好きって初めて言われた。
笑った顔は普段からよく見せてると思うんだけど。
氷山くんはふわりと笑うと、ウォーターティッシュで私の頬の涙をポンポンと拭った。
「無防備に涙を流す姿が、俺だけが知ってる兼森さんみたいですごくそそられるんです。泣いた後の赤くなった目でクシャっと笑うのも」
「そ、そそられる?!」
「はい。だからこの前家で思わずあんなことしてしまってすみませんでした。もう、いきなりあんなことはしません。反省してます」
「いや、それは私も悪かったから……」
頭を下げる氷山くんにこっちが申し訳なくなる。
だって受け入れたのは私だから。
嫌だったわけじゃないから、謝る必要なんてない。
「俺、はじめは兼森さんに頼って涙活をしてましたけど、これからは頼ってもらえるように変わります。だからこれからも一緒に涙活してくれますか」
「それはもちろん。本当は、あれから少し氷山くんに避けられてるんじゃないかって思ってたんだよね」
「すみません。兼森さんに忘れようって言われて、自制できなかった自分が情けなくなって、もっと落ち着いて、冷静な距離を保たないとって悩んでいたらあんな態度になってしまいました」
やっぱり少し避けられていたのか。
なんだか寂しい。でも、ちゃんと本音を聞けてよかった。
「悩んでたのにありがとう。助けてくれて」
「今後も何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
静かで、二人きりの空間。
足を伸ばして、小さな声で会話するこの時間がとても心地良かった。
瀬川さんとちゃんと話はついていないけれど、私はもう乱されたりしない。
そう思えた。



