新入社員研修を終え営業部に配属された私は、やる気に満ち溢れていた。
指導係になった瀬川さんはとても仕事ができる人で、若手エースだなんて言われていた。
そんな人に付けることが嬉しかったし、彼自身とても優しくて、まだ何もできない私に真剣に向き合ってくれて、どんなに大変でもついていこうと思えた。
営業先でのアプローチ術、営業戦略の立案、資料作り、全て瀬川さんに教わった。
一年が経ち一人立ちしてからも、瀬川さんとはよく仕事で関わっていたし、プライベートでも一緒にいるようになった。
どれだけ忙しくてもやりがいのある仕事は楽しかった。
少々疲れていても、結果が伴うことで頑張れた。
それは支えてくれる瀬川さんがいたからだと思う。
『すみれは公私ともに最高のパートナーだよ』
そんな言葉に舞い上がっていた。
求められることが、認められていると勘違いしていた。
あの時までは。
『瀬川さんて兼森さんと付き合ってるんですか?』
『いや、付き合ってはないけど』
なんて会話を聞いた翌日、信じがたい噂が流れはじめた。
『兼森さん、瀬川さんに体で媚び売って仕事もらってるらしいよ』
『瀬川さんの営業先、譲ってもらったんだって』
仕事は私は必死に頑張った結果だ。
たしかに瀬川さんから引き継いだものもあるけれど、上からの正式な指示のもとでのこと。
悔しかった。それと同じくらい悲しかった。
瀬川さんが何も言ってくれなかったから。
ちゃんと言葉にして付き合ってはいなかった。
大人になればこういう始まりもあるのだと思っていた。
でも私たちはただ体だけの関係だった。
勘違いしていた自分が悪い。
それでも、噂は間違っている、仕事とは関係ないと否定してほしかった。
それから私はできるだけ瀬川さんとは関わらないようにして、仕事は今まで以上に必死にやった。
会社に泊まり込むこともあったし、休日もほとんど返上した。
なのに噂は収まるどころか増していく。
『兼森さん、また仕事取ってきたらしいよ。瀬川さんのおかげで』
『いいよね。楽に仕事をもらえる人は』
苦しかった。
でも、仕事をする以外に解決方法が見つからない。
無心で、ロボットのようにただひたすらに働いた。
『すみれ、少し休んだほうがいい』
『瀬川さんには関係ありません。放っておいてください』
心も身体も壊れていることに気がつかなかった。
しばらくして、瀬川さんが九州支社への転勤が決まった。
なんだかホッとした。
これで噂がなくなるかもしれない。
瀬川さんがいなくなった後も私がちゃんと結果を出せば、認められる。
けれど瀬川さんが転勤した数日後、私は営業先の帰りに倒れ病院に運ばれた。
原因は疲労と睡眠不足とストレス。軽く栄養失調にもなっていた。
一晩入院し、溜まった有休を無理やり使わされ、一週間会社を休むことになった。
やらなければいけない仕事があると言ったけれど、もう他の人に回したと言われた。
有休四日目、部長から連絡があって部署異動を提案された。
私の体調のこと、噂のことを鑑みてのことらしい。
けれど思ったことは、私が今まで必死にやってきた仕事は私じゃなくてもよかったんだということ。
気力を失った私は異動を受け入れた。
『すみれ、倒れたって聞いたけど大丈夫?』
『すみれ、営業部異動になったって本当?』
『すみれ、返事くらいしてよ』
瀬川さんから連絡がきていたけれど、返すことはできなかった。
別にこうなったのは瀬川さんのせいだとかは思っていない。
全部自分が不甲斐なかったから起こったこと。
でも、彼のことを考えるのはつらかった。
何もかもどうでもよくなって、家でいてもすることがなくて、なんとなくつけたテレビでやっていた映画を、なんとなく眺めた。
わかりやすい感動ものだったけれど、気がつけば涙が止まらなくなっていた。
どこにそんなに感動したのかはわからないのに、ひたすらに泣いた。
苦しいとか、悲しいとか、悔しいとか、溜まっていた全ての感情が解放されたみたいに。
目が腫れ、鼻はズルズルで、なんだか頭も痛い。
けれどその晩、今までにないくらいぐっすりと眠れ、起きたときにはどこかスッキリしていた。
思えばずっと泣いていなかった。
笑ってもいなかった。
きっと私の心は壊れていた。
そのことに気付いてから少しだけ楽になった。
もう、無理をしなくてもいいんだと。
営業の仕事が好きだったけど、総務部も案外やりがいがあるなと思える。
瀬川さんからの連絡は次第に来なくなり、私が倒れことと、総務部へ異動したこともあったのか噂はピタリと止んだ。
涙活を始めたことで体調も精神状態も落ち着いていた。
このまま、穏やかな日常が続いていくと思っていたのに。
「瀬川さん、帰ってくるんだ……」
あの頃、私は瀬川さんのことが好きだった。
だから求められたとき、素直に受け入れた。
でも付き合っているわけじゃなかった。
瀬川さんは私のこと、どう思っていたのだろう。
そもそも私、本当に彼のこと好きだった?
憧れと恋心が混同していたかもしれない。
瀬川さんに触れられると嬉しくて、安心した。
でも……氷山くんに触れられたときはすごくドキドキして、胸の奥がぎゅっとなった。
いや、なんで氷山くんが出てくるんだ。
あの時だって、映画の雰囲気に流されてドキドキしただけかもしれない。
瀬川さんとのことはもう過去のことだし、氷山くんとは今の関係を壊したくないし、考えるのはやめよう。
指導係になった瀬川さんはとても仕事ができる人で、若手エースだなんて言われていた。
そんな人に付けることが嬉しかったし、彼自身とても優しくて、まだ何もできない私に真剣に向き合ってくれて、どんなに大変でもついていこうと思えた。
営業先でのアプローチ術、営業戦略の立案、資料作り、全て瀬川さんに教わった。
一年が経ち一人立ちしてからも、瀬川さんとはよく仕事で関わっていたし、プライベートでも一緒にいるようになった。
どれだけ忙しくてもやりがいのある仕事は楽しかった。
少々疲れていても、結果が伴うことで頑張れた。
それは支えてくれる瀬川さんがいたからだと思う。
『すみれは公私ともに最高のパートナーだよ』
そんな言葉に舞い上がっていた。
求められることが、認められていると勘違いしていた。
あの時までは。
『瀬川さんて兼森さんと付き合ってるんですか?』
『いや、付き合ってはないけど』
なんて会話を聞いた翌日、信じがたい噂が流れはじめた。
『兼森さん、瀬川さんに体で媚び売って仕事もらってるらしいよ』
『瀬川さんの営業先、譲ってもらったんだって』
仕事は私は必死に頑張った結果だ。
たしかに瀬川さんから引き継いだものもあるけれど、上からの正式な指示のもとでのこと。
悔しかった。それと同じくらい悲しかった。
瀬川さんが何も言ってくれなかったから。
ちゃんと言葉にして付き合ってはいなかった。
大人になればこういう始まりもあるのだと思っていた。
でも私たちはただ体だけの関係だった。
勘違いしていた自分が悪い。
それでも、噂は間違っている、仕事とは関係ないと否定してほしかった。
それから私はできるだけ瀬川さんとは関わらないようにして、仕事は今まで以上に必死にやった。
会社に泊まり込むこともあったし、休日もほとんど返上した。
なのに噂は収まるどころか増していく。
『兼森さん、また仕事取ってきたらしいよ。瀬川さんのおかげで』
『いいよね。楽に仕事をもらえる人は』
苦しかった。
でも、仕事をする以外に解決方法が見つからない。
無心で、ロボットのようにただひたすらに働いた。
『すみれ、少し休んだほうがいい』
『瀬川さんには関係ありません。放っておいてください』
心も身体も壊れていることに気がつかなかった。
しばらくして、瀬川さんが九州支社への転勤が決まった。
なんだかホッとした。
これで噂がなくなるかもしれない。
瀬川さんがいなくなった後も私がちゃんと結果を出せば、認められる。
けれど瀬川さんが転勤した数日後、私は営業先の帰りに倒れ病院に運ばれた。
原因は疲労と睡眠不足とストレス。軽く栄養失調にもなっていた。
一晩入院し、溜まった有休を無理やり使わされ、一週間会社を休むことになった。
やらなければいけない仕事があると言ったけれど、もう他の人に回したと言われた。
有休四日目、部長から連絡があって部署異動を提案された。
私の体調のこと、噂のことを鑑みてのことらしい。
けれど思ったことは、私が今まで必死にやってきた仕事は私じゃなくてもよかったんだということ。
気力を失った私は異動を受け入れた。
『すみれ、倒れたって聞いたけど大丈夫?』
『すみれ、営業部異動になったって本当?』
『すみれ、返事くらいしてよ』
瀬川さんから連絡がきていたけれど、返すことはできなかった。
別にこうなったのは瀬川さんのせいだとかは思っていない。
全部自分が不甲斐なかったから起こったこと。
でも、彼のことを考えるのはつらかった。
何もかもどうでもよくなって、家でいてもすることがなくて、なんとなくつけたテレビでやっていた映画を、なんとなく眺めた。
わかりやすい感動ものだったけれど、気がつけば涙が止まらなくなっていた。
どこにそんなに感動したのかはわからないのに、ひたすらに泣いた。
苦しいとか、悲しいとか、悔しいとか、溜まっていた全ての感情が解放されたみたいに。
目が腫れ、鼻はズルズルで、なんだか頭も痛い。
けれどその晩、今までにないくらいぐっすりと眠れ、起きたときにはどこかスッキリしていた。
思えばずっと泣いていなかった。
笑ってもいなかった。
きっと私の心は壊れていた。
そのことに気付いてから少しだけ楽になった。
もう、無理をしなくてもいいんだと。
営業の仕事が好きだったけど、総務部も案外やりがいがあるなと思える。
瀬川さんからの連絡は次第に来なくなり、私が倒れことと、総務部へ異動したこともあったのか噂はピタリと止んだ。
涙活を始めたことで体調も精神状態も落ち着いていた。
このまま、穏やかな日常が続いていくと思っていたのに。
「瀬川さん、帰ってくるんだ……」
あの頃、私は瀬川さんのことが好きだった。
だから求められたとき、素直に受け入れた。
でも付き合っているわけじゃなかった。
瀬川さんは私のこと、どう思っていたのだろう。
そもそも私、本当に彼のこと好きだった?
憧れと恋心が混同していたかもしれない。
瀬川さんに触れられると嬉しくて、安心した。
でも……氷山くんに触れられたときはすごくドキドキして、胸の奥がぎゅっとなった。
いや、なんで氷山くんが出てくるんだ。
あの時だって、映画の雰囲気に流されてドキドキしただけかもしれない。
瀬川さんとのことはもう過去のことだし、氷山くんとは今の関係を壊したくないし、考えるのはやめよう。



