クールな(ふりをする)後輩くんと、涙活はじめました

 休日の午後、私は珍しく映画館に来ていた。
 ここ数年、映画は家で一人ゆっくりと観るのが習慣になっていた。
 涙活のために映画を観るときは必ず家だ。
 ひたすら泣くので、周りの目を気にしたくないから。

 でも今日は、そうはいかない。
 氷山くんと涙活をすることになったから。

 先日涙活を教えてくださいと言われ、勧めた手前断ることも出来ず一緒に映画を観ることになった。
 どちらかの家で二人っきりで観るわけにもいかないので映画館で待ち合わせをした。
 チケット代は資料のお礼ということで氷山くんが払ってくれるらしい。
 食事に行って会話に困るより映画のほうがまだ気が楽かもしれない。

「兼森さん、お待たせしました」
 
 やってきた氷山くんは当たり前だけれど私服姿で、会社で見るスーツ姿よりも柔らかい雰囲気だ。

「ううん。映画、私が決めてよかった?」
「もちろんです。俺には泣けるやつとかよくわからないので」

 今は青春恋愛もので泣けると話題になっているものがあったのでそれを観ることにした。
 私もあまり観ないジャンルだけど、他に目ぼしいものがなかった。
 映画館で観るデメリットとしては、選択肢が少ないこと。
 上映中の映画で、泣けるタイプの話がないこともよくある。
 
 大人二人で観るには場違いかなと思ったけど、周りには想像以上に同年代の女性もいる。
 さすがに男性は少ないけど、氷山くんは気にしていない様子だ。

 飲み物だけを買って、中に入る。
 久しぶりのスクリーン、隣に座る最近知り合ったばかりの職場の後輩に少しだけ緊張する。
 今さらだけど、これってデートみたいじゃない。
 いや、私とデートだなんて氷山くんに失礼か。
 これは涙活を教えてあげるだけなんだから。

「泣きたくなったら我慢しないでね。それが涙活だから」
「わかりました」

 映画が始まるとお互い集中した。
 王道の余命もので、予想はしていたけど、やはりヒロインの女の子が亡くなるシーンは自然と涙が滲んでいた。
 隣をちらりと見ると氷山くんは真っ直ぐスクリーンを見ながらはらはらと涙を流している。
 私はそっとハンカチを差し出した。
 氷山くんは少しびっくりした後、軽く頭を下げてハンカチを受け取り涙を拭いた。

 それから映画が終わると、すぐに近くのカフェに入った。

「氷山くん、大丈夫?」
「はい……グスッ……大丈夫です」

 まだ涙の止まらない氷山くんは、私が貸したハンカチを握りしめている。

「映画、どうだった?」
「なんか、悲しくて苦しくて、それなのにどこか温かくて、たった二時間で人としてのあらゆる感情を全身に受けたようなそんな感覚です」
「それわかる。あと、青春ものってどこか記憶の片隅にある感情を引っ張り出される感じがするんだよね」

 主人公のように大きな悩みを抱えているとか、恋人が辛い闘病の末亡くなってしまうとか、そんな青春を経験したわけじゃない。
 だけど、どこか懐かしいような思い出したくないような、切ない気持ちが自分の中にあることを自覚させられる。
 久しぶりに観たけど、青春ものも悪くないな。

「でも、兼森さんはあまり泣いてませんね」
「少し涙は出たよ。いつもは家で一人だから思いっ切り泣くの躊躇しちゃったのかも」
「すみません。俺のせいで兼森さんの涙活にならなかったですね」
「いいの。今日は氷山くんのための涙活だから。けっこう泣いて気持ち変わったりした?」
「いつもは泣きたくない、泣いたらだめだって思いながらも泣いてしまって苦しいんです。だけど周りにいる人もみんな泣いていて、我慢しなくていいんだって、泣くことを肯定された気持ちになったらすごく楽になりました。思いっ切り泣くってこういうことなんだって」

 良かった。
 本当は少し心配だったんだよね。
 泣きたくないって言っている人に涙活を勧めてしまったこと。
 
「よかったら続けてみてね」
「はい。泣くときにはしっかり泣いて、我慢したいときには耐えられるようにしたいです」

 涙の止まった氷山くんは、 会社で見たどの表情とも違っている。
 とてもスッキリした顔だ。

「でも、無理に我慢しなくてもいいんだよ」

 彼はきっと今でもたくさん我慢して、必死に耐えている。
 泣きたくないという気持ちもわかるけど、追い込むのはよくない。

 すると氷山くんはコーヒーを一口飲むと、小さく息を吐いた。

「俺、親が厳しかったんです。男のくせに泣くな。泣き虫は嫌いだって言われて続けてきて、泣くことは悪いことなんだってずっとどこかで思ってるんです。泣いたってどうしようもないことは事実だし、周りに迷惑かけたくないし、嫌われたくない……」

 たしかに、泣いたってなにも解決しない。
 私も不必要に甘えるだけの涙は嫌いだ。
 だけど氷山くんはもっと誰かを頼っていいと思う。

「じゃあ、また泣きたくなったら私に言って。一人で抱え込むのがよくないんだと思う。私は迷惑だなんて思わないし、嫌いになったりしないから」
「どうして、そこまで俺にしてくれるんですか? こんなに泣いて、引いたりしませんか?」

 どうして、か。
 それはたぶん、昔の自分と氷山くんが重なって見えるから。
 壊れてしまう前にどうにかできたのではないかと、時々振り返ってしまうこともある。
 だから気になってしまうんだよね。

 それになんだか放っておけないんだ。
 守ってあげたくなるような、甘やかしたくなるような、そんな感じ。

「ならないよ。むしろ頼って欲しいと思う。なんだろう、母性本能ってやつなのかな」
「母性、本能ですか……」

 氷山くんは俯くと、微かに肩を震わせた。
 え? 泣いてる?
 そっと顔を覗き込むけれど、泣いてはいないみたいだ。

「どうかした?」

 声をかけると氷山くんは顔を上げる。

「なんでもないです。そういえば、兼森さんはどうして涙活を始めたんですか?」
「私は……まあ、いろいろあってなんとなく始めたのが習慣になってるって感じかな」
「いろいろ、というのは……?」
「人に言うほどのことでもないから。私のことはいいよ」

 そうですか、と少し悲しそうな返事が返ってきた。
 せっかく聞いてくれたのに、答えられなかった。
 頼ってもいいよと言っておきながら、自分のことは言えない。

 まあ、終わったことだし今さら過去のことをさらけ出す必要もない。

「兼森さん、もしこれから困ったこととかつらいことがあったら俺に言ってください。頼りにならなかもしれないけど、兼森さんがしてくれたように俺も助けになりたいって思ってます」
「ありがとう。でも今のとこ私は大丈夫だから」

 仕事が大変なわけでも、人間関係に悩んでいるわけでもない。
 私よりも氷山くんが心配だ。