金曜日の就業後、久しぶりに翔子と飲むことになった。
珍しく誘ってくれたので二つ返事で了承した。
会社の近くのこじんまりとした居酒屋。
テーブル席で向かい合い、ビールで乾杯する。
「こうやって飲むの久しぶりだね。旦那さん大丈夫?」
「うん。向こうも会社の飲み会だから」
「そうなんだ。誘ってくれて嬉しい」
二年ぶりだろうか。
職場に仲の良い友人と呼べる存在が翔子しかいないため、外で飲むのは職場の忘年会くらいしかない。
「ちょっと気になってたんだよね。瀬川さん帰ってきて大丈夫かなって」
「心配してくれてたんだ。大丈夫だよ」
「あの頃のすみれ見てたら心配にもなるよ。私はなにもしてあげられなかったし。瀬川さんとは話してないの?」
「少しだけ話したけど……避けちゃってるから」
あれから何度か瀬川さんを見かけた。
何か言いたそうに近づいてくるけれど、いつも逃げている。
ちゃんと話をして区切りをつけようなんて思ったけど、やっぱりできなかった。
瀬川さんも先日のように無理やり話をしようとしてくることはないし、曖昧になっている。
このまま何事もなかったように忘れてくれたらいいのに。
「なんか腑に落ちないんだよねぇ、瀬川さんの態度。あの頃、誰が見てもすみれのこと溺愛してただしょ」
「別に溺愛とかはないよ。そりゃ私も好かれてるって勘違いしてたけど」
ちゃんと言葉で確認しなくても、思い合っているなんてうぬぼれていた。
全然そんなことなかったのに。
「そもそも、周りが見てもそうだったからあんなでたらめな噂が広まったわけでしょ」
たしかに付き合っているのかと聞かれていたのも、そう言われるような雰囲気を出していたからだろう。
そして付き合っていないと否定され、体だけの関係だと周りに認知された。
「まあ、大人になるとこういうこともあるんだって経験になったよ」
「やっぱりなんか腑に落ちないなぁ」
翔子は枝豆をつまみながら首をかしげる。
でももう終わったことだ。
「翔子は旦那さんとどんな始まりだったの?」
「私は婚活パーティーで知り合ったからいろいろと早かったよ。マッチングして、結婚を前提に付き合いはじめて、早々に体の相性も確かめて、将来設計とか話し合って、しばらく付き合ってお互いの性格を理解したところでそろそろ結婚しようかって」
「なんか、そういうのわかりやすくていいな」
結婚を目的として出会っているから、二人で同じ方向を向いて、同じ気持ちで進んで行ける。
途中ですれ違いがあっても目的が見えているからちゃんと話し合うことができる。
曖昧に始まって、曖昧に終わることなんてない。
関係を壊したくないのに曖昧に触れ合って、はっきりとわからない気持ちに少し怯えている。
大人になると、恋の仕方を忘れてしまうのだろうか。
「すみれ、瀬川さんとのこと引きずってる?」
「え……違うよ」
瀬川さんとのことはいい思い出とは言えないし掘り返してほしくないけど、引きずっているわけではない。
ただただそっとしておいてほしいという感じだ。
私が今頭に浮かんだのは、氷山くんの顔だった。
「もしかして、いい人いるの?!」
翔子の目が輝きだした。
「いい人っていうか、今までにない稀有な関係な人というか……」
氷山くんとは友達だ。
でもただの友達とはどこか違う。
一緒に涙活をする涙友。
お互いの弱いところを見せ合って、だけど傷の舐め合いとかでもなくて、心の支えを共有するような、そんな感じ。
なのにそばにいるとドキドキして、そのドキドキさえ心地良くて安心する。
彼への感情は、好きとか恋とかそんなものではない。
「なにそれ余計気になるんだけど!」
「そうだよね――」
翔子には氷山くんとのこと、聞いてほしい。
この先彼と一緒にいることで気持ちの変化を感じたときにどうすればいいのか自分ではわからないから。
でも、氷山くんが実は泣き虫で涙活をすることになった、なんてことは言えないから私の踏み込み切れない気持ちだけ伝えた。
「――すみれは曖昧な関係が好きだよね」
「別に好きなわけじゃないよ。でも曖昧な方が居心地がよかったりするし」
「それで悩んでるなら、一歩踏み出すしかないんじゃない?」
「んー、私、悩んでるのかな」
「悩んでないの?」
「わからない。今の関係のままがいいとも思うし、もう少し距離が縮まってもいいのかなとも思う」
「はっきり好きってわけではないんだ。じゃあさ、その人が他の人と付き合ってもなんとも思わない?」
「それは……嫌かも。だって、今の関係じゃいられなくなる」
「だったら、関係を進めるしかないんじゃない? ずっと今の居心地の良い関係でいられるほど相手だって都合よく現状維持でいてくれるわけじゃないんだから」
都合よく現状維持、か。
それはそうだ。
氷山くんはモテる。
今後彼女ができることだってあるかもしれない。
それでも、もう少し今のままでいたいと思うのはわがままなのだろうか。
「どうやって踏み込めばいいのかも、踏み込んだあとどうすればいいのかも、なんかわかんないんだよね」
「まあ、瀬川さんとのこともあったしね。臆病になるのもわかるよ。そこはすみれのペースでやっていきなよ」
「うん、そうする。話聞いてくれてありがとね。私のことばっかりでごめん」
「いいよ。今日はそのために誘ったんだから。それになんか安心した」
「え? どうして?」
「瀬川さんのことで悩んでないかなって思ってたけど、別のことで悩んでたから前に進んでるんだと思って」
もし氷山くんと出会っていなくて、瀬川さんが帰ってきていたら私はどうしていたんだろう。
わからないけれど、今はっきりと言えるのは彼がいてくれて良かったということ。
私から、涙活誘ってもいかな。
珍しく誘ってくれたので二つ返事で了承した。
会社の近くのこじんまりとした居酒屋。
テーブル席で向かい合い、ビールで乾杯する。
「こうやって飲むの久しぶりだね。旦那さん大丈夫?」
「うん。向こうも会社の飲み会だから」
「そうなんだ。誘ってくれて嬉しい」
二年ぶりだろうか。
職場に仲の良い友人と呼べる存在が翔子しかいないため、外で飲むのは職場の忘年会くらいしかない。
「ちょっと気になってたんだよね。瀬川さん帰ってきて大丈夫かなって」
「心配してくれてたんだ。大丈夫だよ」
「あの頃のすみれ見てたら心配にもなるよ。私はなにもしてあげられなかったし。瀬川さんとは話してないの?」
「少しだけ話したけど……避けちゃってるから」
あれから何度か瀬川さんを見かけた。
何か言いたそうに近づいてくるけれど、いつも逃げている。
ちゃんと話をして区切りをつけようなんて思ったけど、やっぱりできなかった。
瀬川さんも先日のように無理やり話をしようとしてくることはないし、曖昧になっている。
このまま何事もなかったように忘れてくれたらいいのに。
「なんか腑に落ちないんだよねぇ、瀬川さんの態度。あの頃、誰が見てもすみれのこと溺愛してただしょ」
「別に溺愛とかはないよ。そりゃ私も好かれてるって勘違いしてたけど」
ちゃんと言葉で確認しなくても、思い合っているなんてうぬぼれていた。
全然そんなことなかったのに。
「そもそも、周りが見てもそうだったからあんなでたらめな噂が広まったわけでしょ」
たしかに付き合っているのかと聞かれていたのも、そう言われるような雰囲気を出していたからだろう。
そして付き合っていないと否定され、体だけの関係だと周りに認知された。
「まあ、大人になるとこういうこともあるんだって経験になったよ」
「やっぱりなんか腑に落ちないなぁ」
翔子は枝豆をつまみながら首をかしげる。
でももう終わったことだ。
「翔子は旦那さんとどんな始まりだったの?」
「私は婚活パーティーで知り合ったからいろいろと早かったよ。マッチングして、結婚を前提に付き合いはじめて、早々に体の相性も確かめて、将来設計とか話し合って、しばらく付き合ってお互いの性格を理解したところでそろそろ結婚しようかって」
「なんか、そういうのわかりやすくていいな」
結婚を目的として出会っているから、二人で同じ方向を向いて、同じ気持ちで進んで行ける。
途中ですれ違いがあっても目的が見えているからちゃんと話し合うことができる。
曖昧に始まって、曖昧に終わることなんてない。
関係を壊したくないのに曖昧に触れ合って、はっきりとわからない気持ちに少し怯えている。
大人になると、恋の仕方を忘れてしまうのだろうか。
「すみれ、瀬川さんとのこと引きずってる?」
「え……違うよ」
瀬川さんとのことはいい思い出とは言えないし掘り返してほしくないけど、引きずっているわけではない。
ただただそっとしておいてほしいという感じだ。
私が今頭に浮かんだのは、氷山くんの顔だった。
「もしかして、いい人いるの?!」
翔子の目が輝きだした。
「いい人っていうか、今までにない稀有な関係な人というか……」
氷山くんとは友達だ。
でもただの友達とはどこか違う。
一緒に涙活をする涙友。
お互いの弱いところを見せ合って、だけど傷の舐め合いとかでもなくて、心の支えを共有するような、そんな感じ。
なのにそばにいるとドキドキして、そのドキドキさえ心地良くて安心する。
彼への感情は、好きとか恋とかそんなものではない。
「なにそれ余計気になるんだけど!」
「そうだよね――」
翔子には氷山くんとのこと、聞いてほしい。
この先彼と一緒にいることで気持ちの変化を感じたときにどうすればいいのか自分ではわからないから。
でも、氷山くんが実は泣き虫で涙活をすることになった、なんてことは言えないから私の踏み込み切れない気持ちだけ伝えた。
「――すみれは曖昧な関係が好きだよね」
「別に好きなわけじゃないよ。でも曖昧な方が居心地がよかったりするし」
「それで悩んでるなら、一歩踏み出すしかないんじゃない?」
「んー、私、悩んでるのかな」
「悩んでないの?」
「わからない。今の関係のままがいいとも思うし、もう少し距離が縮まってもいいのかなとも思う」
「はっきり好きってわけではないんだ。じゃあさ、その人が他の人と付き合ってもなんとも思わない?」
「それは……嫌かも。だって、今の関係じゃいられなくなる」
「だったら、関係を進めるしかないんじゃない? ずっと今の居心地の良い関係でいられるほど相手だって都合よく現状維持でいてくれるわけじゃないんだから」
都合よく現状維持、か。
それはそうだ。
氷山くんはモテる。
今後彼女ができることだってあるかもしれない。
それでも、もう少し今のままでいたいと思うのはわがままなのだろうか。
「どうやって踏み込めばいいのかも、踏み込んだあとどうすればいいのかも、なんかわかんないんだよね」
「まあ、瀬川さんとのこともあったしね。臆病になるのもわかるよ。そこはすみれのペースでやっていきなよ」
「うん、そうする。話聞いてくれてありがとね。私のことばっかりでごめん」
「いいよ。今日はそのために誘ったんだから。それになんか安心した」
「え? どうして?」
「瀬川さんのことで悩んでないかなって思ってたけど、別のことで悩んでたから前に進んでるんだと思って」
もし氷山くんと出会っていなくて、瀬川さんが帰ってきていたら私はどうしていたんだろう。
わからないけれど、今はっきりと言えるのは彼がいてくれて良かったということ。
私から、涙活誘ってもいかな。



