無事、通っていた高校の卒業式も終え、待ちに待った春休み。
女子たちの提案で、三組のカップル合同で草津温泉に卒業旅行に行くことになった。
三組とも二年生からつきあい始め、女の子同士仲良かったものだから、カラオケやプール、ネズミさんの王国も、トリプルデートを楽しんだ。
クラスメイトたちも僕らの仲を羨んだものだ。
楽しみのあまり寝坊して、時間ギリギリに待ち合わせの東京駅、銀の鈴に着く。
そこにいたのは、コノミだけ。彼女は、となりのクラスで僕の悪友のバスケキャプテン、タクマとつきあっている。ショートヘアにエクボの笑顔が可愛い。
「ああ、リョースケ(僕の名前)、LINE見た?」
「え、何かあった?」
慌てて僕たち六人のLINEグループを見る。
💭(アスミ) ゴメン、インフルかかった。残念だけど、みんなで楽しんできて。
アスミは僕のカノジョだ。
彼女からは僕あてにメールも入っていた。
LINEグループにはタクマからも、もう一カップルのユマとケータからもメッセージが入っていた。
インフル、食あたり、ギックリ腰、それぞれの理由で卒業旅行はキャンセルとのこと。
要は、元気に旅行に行けるのは、コノミと僕の二人だけ。
これは、ラブコメとかでよくあるパターンだ。
「こうなっちゃキャンセルしかないな」
僕がスマホで今日の温泉旅館の連絡先を探そうとしてたらコノミが止めた。
「ちょっと待って。当日キャンセルだと、まるまるキャンセル料とられるから、もったいないじゃない。せっかくだから二人で行かない?」
「え、部屋はどうすんの?」
「そんなの別々に決まってんじゃない! それとも何か下心でもあんの?」
「いえいえ決してそのようなことは……」
「はい、じゃあ、決まり!」
まさか、友達の彼女と二人で卒業旅行に行くことになるとは思ってもいなかった。
草津に着いたら昼ご飯を食べ、湯もみなどを観て回る。
夕方にチェックイン。
「すみませんがお客様、一部屋だけしか予約されてませんで……後は全館満室でして」
「え!」
これも、ラブコメなんかではよくあるパターンだ。
「しょうがないな、僕は帰るからコノミは泊まってけよ」
「ここまで来てなに言ってんのよ! 温泉も入らず帰るの? リョースケも泊まってきなさいよ……それとも何かエロいこと考えてんのかしら?」
「いえいえ、決してそんな」
ということでコノミとボクは二人きりで旅館に泊まることになった。
部屋に通されると、見晴らしのいい渓谷側のバルコニーに部屋付の露天風呂がある。でも、今回は宝の持ち腐れだ。
大浴場露天風呂にゆっくり浸かり、コノミと卓球をしたあと、部屋でご馳走を食べた。
ちょっとだけ、とノンアルビールをそれぞれグラスで頼み、人生初の祝杯(卒業祝いの)を楽しんだ。背徳の味。
コノミは飲んだことがあるからと余裕をみせていた。いけない子だ。
僕はその後の記憶を無くした。
気がつくと朝だった。
ああそうか、これが夢オチというやつだ。
これもラブコメの王道だ。
ちょっと残念に思いつつも伸びをする。
はずみで布団がめくれ、浴衣姿の女の子の背中が見えた。
「え!」
背中を向けていたコノミがこちらに向き直る。
「あ、リョースケ、起きたのね、おはよう。夕べは楽しかったね」
「ぼぼぼ、ボク……なにかやっちゃいました?」
「覚えてないの⁉ ……フフフ、ひ・み・つ」
さて。
ラブコメの王道にしたがって、僕がとるべき行動は?
①再び寝る。自分の部屋で目が覚め、本当の夢オチでエンド。
②コノミのほっぺたをつねる。怒ったコノミにぶっとばされて、自分の部屋で目が覚める。
③どうせ夢なんだからダメ元で、部屋についている露天風呂に一緒に入ろうとコノミを誘う。
僕は、ホントにダメ元で③を、選択した。
その結果、
ええい、どうせ夢だ。夢とはいえチャンスだ。
僕はわりと気楽にかつ勇気を振り絞って、窓の外を指さし、コノミを誘う。
「あのさ、秘密の作りついでに、あの露天風呂、一緒に入らない?」
「え! それリョースケ、マジで言ってんの?」
「え、………うん、僕の気持ちは、本気なんだ」
どうせ夢の中だと思って、気楽にかつ真剣にウソをついてしまった。
「わかったわ」
そう言うと、コノミは立ち上がり、バスルームからタオル類を持ってきてバスタオル一枚、僕に渡した。
彼女は髪をヘアゴムでまとめると、立ったまま虚空を見つめていたが、決心がついたのか一気に浴衣の帯を外し、浴衣の裾を開いた。
裸身にバスタオルを素早く巻いて、バルコニーに出る大きなガラス戸を開け、露天風呂に向かった。
「先に入ってるよ。ほら、あんたも早く脱いで」
文字通り、露天風呂はガラス張りで、室内から彼女が入浴する姿がよく見えた。
コノミは陸上、彼氏のタクマはバスケとお似合いのアスリート系カップルだが、コノミの小麦色で精悍なプロポーション(日本語あってる?)は、実に見事だった。バスタオルを取ると彼女は桶で湯をすくい、体を流し洗う。チョンチョンと足先で湯加減を確かめ、大きなヒノキ風呂に身を沈めた。
そして僕に早く来いと手招きする。
文科系モヤシ科の僕は、朝陽に裸身を晒すのが恥ずかしいのと、早く湯舟の中でコノミと並びたい、との気持ちがナイマゼになり、胸の高鳴りが半端じゃなかった。
ラブコメの王道だと、ここでスッテンコロリンと湯舟に派手に飛び込み、収拾がつかない事態になるので、慎重に洗い場に行き、身を清める。念のため辺りを見回し用心する。テンプレだと、思いもよらない所から、タクマとかアスミとかが乱入するパターンもあるからだ。
「お、お邪魔します」
僕は、なるべくコノミの視界に入らない方向から湯舟に入る。
「そんな、今さら恥ずかしがることもないでしょ……あんな大胆なことしといて」
「そ、それって、マジでマジ?」
「覚えてないの⁉ ……フフフ、ひ・み・つ」
さっきと答えは同じだ。
二人並んで湯気の向こうの渓谷を眺めていたら、彼女がぽそり始めた。
「実はね、タクマやアスミたちから欠席の連絡来たときね、じゃあ、今回は中止にして大学入って落ち着いたらまたみんなで行こうねってみんなにLINEしたんだ。実はキャンセル料も少し返ってくるしね……だから一部屋だけキャンセルした」
「えっ!……それってどういうことかな?」
湯気の向こうでコノミが少しうつむくのがわかった。
「リョースケと二人だけで来たかったんだ。せっかくのチャンスだし」
「……それはタクマに悪いだろ?」
「ずっと好きだったんだ。アスミとリョースケがつき合い始める前から……だから、悔しくて、私もタクマとつき合い始めた」
彼女はお湯をすくって僕にぱしゃっとかけた。
「でも、きっとこのまま私とタクマの関係も、君とアスミの関係も変わんないで続いていくんだと思うよ。いや、変えちゃいけないんだろうな」
そういうと、彼女は自分の顔にもちょっとお湯をかけた。
僕は何と言っていいのか、彼女にかける言葉が思いつかなかった。
「ねえ、お願いがあるの」
彼女はそう言うと、急にバシャっと立ち上がって、湯舟のヘリに手を伸ばす。
こら、それだと裸のお尻が僕の方に!
彼女の手にはスマホがあった。
「思い出の写真、残そう」
そう言って僕に接近し密着して並ぶと、自撮りの要領で斜め上からパシャリ始めた。
「し、写真に残すの、ヤバくない?」
「もちろん、二人だけの秘密……そして私だけの思い出」
撮影が終わると、しばらく彼女は僕の肩に頭を乗せていたが、満足したのか、のぼせたのか、お湯から上がった。
「リョースケ、卒業旅行につき合ってくれてありがとう……そして証拠写真も撮れちゃったしね」
「え!!!」
彼女はバスタオルで押さえてない方の腕を伸ばしてスマホを高く上げ、ペロンと舌を出した。
「さあてコレ、どうやって使っちゃおうかな?」
「お、おい! 冗談はやめろって」
慌てて風呂桶から出て、彼女の腕を押さえる。
「こら、急にマッパで抱きついてくんな! あっ!」
スマホはコノミの手を離れ、湯舟にポチャンと飛び込んだ。
〇
この後どうしたか?
どうもしてない。
だって、『気がついたら自分の部屋のベッドの中でした』っていうオチなんだから。
だいたい、コノミのスマホを湯舟に沈めたのが現実だとしたら、今ごろぶち殺されているだろう。
でも、そんな濃厚な夢が頭の片隅にへばりついて離れないまま、大学に入る。
残念ながら、カノジョのアスミは別の大学に入った。もちろん今でもつきあってはいるが。
大学の入学式も終わり間もない頃。
新入生ガイダンスでキャンパスを右往左往して疲れたので、カフェコーナーでコーラを飲んでいると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くとコノミがにっこり微笑んで立っていた。相変わらずエクボの笑顔が可愛い。
「ひさしぶり……っていうかリョースケと同じ大学に入ったんだから、いつか会うとは思ってたけど」
「ああ、確かにそうだな」
実は僕もそれなりに気になっていた。
「タクマとは会ってるの?」
「うん、ぼちぼちかな。リアルとかLINEのビデ通とか……アスミとは?」
「うちもそんな感じかな」
タクマはバスケの推薦で、コノミとは別の大学に入った。
「あっ!いけない、遅刻しちゃう」
次の説明会の時間が差し迫っていたので、彼女とはこんなやり取りくらいで別れた。
「あのさ、リョースケ」
「?」
カフェの出口に小走りに向かっていった彼女が振り返る。
「今度LINEでメッセするからね! じゃあ、バイバイ」
大きく手を振る彼女に応え、小さく手を振り返す。
その晩。
コノミから、LINEが来た。
写真つきだ⁉
朝陽を浴びながら、露天風呂の湯舟でニッコリと微笑むコノミと僕。
“実は私のスマホ、『完全防水』なんだ。さて、この写真、どうしようかな?
……二人の卒業写真。”
おしまい。



