三つ子くんに溺愛されてます!?


「里中さん、死ぬわよ!」

真下から悲鳴が聞こえる。

ケヤキの木のてっぺん──地上から十メートル以上──で、私は枝に手を伸ばした。風が髪を揺らし、制服のスカートがひらひらと舞う。

知らなかった。この瞬間、私の運命が、まるでこのケヤキの枝のように大きく揺れ始めるなんて。

「大丈夫。これくらい、へっちゃら」

そう言って、手を伸ばした先にあるのは、風に揺れる白い紙。それは学園長先生の、始業式のスピーチ原稿だった。

あと少し、あと少しで届く──!

私、里中(さとなか)桃花(ももか)が、なぜ始業式の真っ最中に樹齢百年のケヤキの木に登っているのか。

それは、十五分前に遡る。



中学二年生の、新学期初日の朝。

私は中高一貫校の名門・星華(せいか)学園の正門をくぐった。お城みたいな校舎に、天使の像が立つ噴水。時計台が空に向かってそびえ立つ──。

普通の家庭で育った私には、まるで別世界だった。

周りを見渡せば、高そうなブランドもののバッグや真新しい制服を着たお嬢様たちが、優雅な足取りで歩いている。

彼女たちの洗練された雰囲気に、私はいつも少しだけ居心地の悪さを感じてしまう。

「あら、あなた。その制服、まだシワが残ってるわよ?」

私の後ろから、甲高い声が聞こえた。

振り返ると、レースのついた靴下を履き、髪をくるくると巻いた女の子が、私を上から下までじろじろと見ている。

彼女の名前は、城之内(じょうのうち)瑠璃(るり)。中学二年生。

有名財閥のお嬢様で、去年の入学以来、ことあるごとに私に嫌味を言ってくるのだ。

「これ、今日初めて着たんですけど」

そう答えた私に、彼女は鼻で笑った。

「あら、そう。でも、あなたが着ると、うちの学園の制服も安っぽく見えるのよね」

その言葉が、針のように胸に刺さった。

「ねえ、聞いた? 里中さんって特待生らしいわよ」

「えー! つまりお金がないから、授業料免除ってこと?」

「そうそう。私たちとは違うのよね」

城之内さんの声は、わざとらしく大きい。周りの生徒たちの視線が、一斉に私に集まる。

恥ずかしい。顔が熱い。だけど、私はこの制服を、誇りに思っている。

この制服は、私のおばあちゃん……里中桜子(さくらこ)が『桃花には絶対に似合うから』と言って、何度も何度もお店に足を運び、購入してくれた大切な一着なのだ。

私がこの学園に入学したのは、おばあちゃんが『どうしても星華学園に行ってほしい』と強くすすめてくれたから。

──『この学園には、桃花の運命の人がいるかもしれないからね』

おばあちゃんは、遠い過去を思い出すような目で、そう言っていた。

運命の人……マンガや小説の中だけの話だと思っていたけれど、おばあちゃんの真剣なまなざしに、私は何も言い返せなかった。

「……確かに私は特待生だけど、何か問題でも?」

私は顔を上げ、城之内さんを真っ直ぐ見つめた。

彼女は一瞬、目を見開いたけれど、すぐに冷たい笑みを浮かべる。

「あら、生意気ね。まあいいわ。どうせあなたなんて、すぐに退学よ」

そう言い残して、城之内さんたちは去っていった。

私は深呼吸をして、始業式が行われる校庭へと向かう。

大丈夫。私は私。おばあちゃんが信じてくれた、私でいればいい──。



校庭に着くと、そこはもう生徒たちの熱気でいっぱいだった。私は慌てて、自分のクラスの列に並ぶ。

しばらくして、始業式がスタート。

壇上に学園長先生が立った。白髪交じりの髪をオールバックにし、温厚そうな顔立ちをした先生だ。目尻に刻まれたシワから、長い年月を生徒たちと過ごしてきたのが伝わってくる。

「これから学園長先生のお話か。しっかり聞かないと」

私は背筋をピンと伸ばし、壇上のほうを見つめた。

「さて、新学期を迎え……」

学園長先生がスピーチ原稿を取り出し、口を開きかけた次の瞬間──。

ぶわぁああっ!

突如、突風が校庭を駆け抜けた。

学園長先生が手にしていた白い紙の束が宙へ舞い、ばさばさと音を立てて空へと吸い込まれていく。

うそっ、原稿が……!

ざわめく校庭。顔を真っ青にして、おろおろする学園長先生。

白い紙は風に飛ばされながら、ひらひらと落ちては舞い、やがて──校庭の隅にある大きなケヤキの木の高い枝に、ぴたりと引っかかった。

大変……! それを目の当たりにした私は、考えるより先に体が動いていた。

「私、取ってきます!」

「えっ、里中さん!?」

後ろから驚く声が聞こえたけれど、今はそれどころじゃない。

「里中さん! 危ないからやめなよ!」

友達の声も、城之内さんの嘲笑も、もう聞こえなかった。

昔、おばあちゃんの家の庭の大きな桜の木に何度も登った。あの枝に腰かけて、風を感じるのが大好きだった。

だから、ケヤキを見た瞬間、「私なら行ける」と思った。

私はためらうことなくケヤキの木に飛びつき、するするとのぼり始める。

「ええっ、うそでしょ……!」

「あんなの、お嬢様のすることじゃないわ」

周りの生徒がひそひそと話し始める。だけど、そんなのいちいち気にしていられない。

だって、学園長先生が困っているんだから。

私は枝に足をかけ、葉をかき分けながら、必死で原稿を目指す。

あと少し、あと少し……!

どうにか枝を駆け上がり、風に揺れる白い紙に手を伸ばす。

「んんーっ!」

届かない……。だけど、私は諦めずに何度も手を伸ばし、ようやく指先が原稿に触れた。

「やった! 取れた……!」

触れた瞬間、私はぐっと力を込めてそれを掴み取った。

「学園長先生、これですよね!?」

私は枝の上から、原稿を振って見せた。

「ああ、それだよ」

学園長先生はほっとしたからか、目にうっすらと涙を浮かべながら、大きくうなずいた。

私が木から下りると、校庭に拍手が起こった。

学園長先生は息を切らしてこちらに駆け寄り、深々と頭を下げた。

「ありがとう……里中さん。本当にありがとう」

学園長先生の声は、少し震えているようだった。もしかして、先生も緊張してたのかな?

私は思わず、笑顔で学園長先生に声をかける。

「先生、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。みんな、先生のお話を楽しみにしていますから」

私の言葉に、学園長先生は驚いたように目を見開いたけれど、すぐにふわりと優しい笑顔になった。

「里中さん……。あなたは、おばあ様によく似ていらっしゃる。若いころの彼女に」

その言葉は、どこか遠い昔を懐かしむような、少しさびしそうな響きを持っていた。

おばあ様……って、私のおばあちゃんのこと? もしかして、おばあちゃんと学園長先生は知り合いなのだろうか。

静かに壇上へと戻っていく先生の背中を見つめながら、私は一人、首をかしげた。



始業式が終わり、私が教室へ向かって廊下を歩いていると──。

「ねえ、あの子だよね?」

すれ違う生徒たちの視線が、いつもより私に向けられているのがわかった。

「あの子、すごいね。学園長先生を助けたんだって」

「ねー。しかも、学園のプリンス三兄弟が彼女のことをずっと見ていたらしいわよ」

胸がドキッと高鳴る。

えっ、あの『プリンス三兄弟』が私のことを?

そう思いながら歩いていたそのとき。廊下の向こうから、ひときわ目を引く三人の男の子が歩いてきた。

噂をすれば、何とやらだ。

「キャーッ! 一条三兄弟だわ」

「かっこいい~っ!」

女の子たちの黄色い歓声が廊下に響く。スマホを構える子まで現れて、廊下は一気に華やいだ雰囲気に包まれた。

一条(いちじょう)三兄弟──通称、プリンス三兄弟。この学園で、彼らを知らない人はいない。

私と同じ中学二年生の三つ子で、学園長のお孫さん。イケメン揃いで超人気者の彼らは、ただ廊下を歩くだけで周囲の視線を釘づけにする。

まるでおとぎ話の王子様が三人、現れたみたいに──。

私は、真っ直ぐ前を見据える。

一番前に立っているのは、長男の橙哉(とうや)くん。

黒髪のさらりとしたショートヘアに、切れ長の目が印象的。王子様のような気品と、やわらかな微笑みを浮かべている。彼の瞳は優しく、穏やかな湖面のようだった。

その隣にいる、栗色のふわふわした髪の持ち主が、三男の紅暉(こうき)くん。

どこか掴みどころのない笑顔を浮かべ、いたずらっ子のような表情で私を見ていた。彼の目は、キラキラと輝くビー玉のよう。

そして、一番後ろを歩いているのは、次男の蒼葉(あおば)くん。

吸い込まれそうなほど、深い黒い瞳。クールで無愛想な雰囲気をまとっている。まるで、凍てついた冬の夜空みたい。

三人は私に気づくと、それぞれ異なる反応を見せた。

橙哉くんは私の顔を見るなり、フッと口角を上げて優しく微笑んでくれた。その微笑みは、春の陽だまりのように温かい。

紅暉くんは、楽しそうな表情で私を見ていた。

「へえ」

ほんの一瞬、口元でそうつぶやいたように見えたけれど……気のせいかな?

そう思い、視線を横にずらしたそのとき。

「!」

一番後ろを歩いていた蒼葉くんと、ばちっと目が合ってしまった。

私の心臓が飛び跳ねる。

彼の視線は、氷のように冷たいけれど。なぜかその奥に、何か熱いものが隠れているような気がした。

すぐに興味なさそうに、ふいっと目をそらされてしまう。私なんて存在しないかのように。

何だろう……蒼葉くんって、ちょっと怖い。

そう思うのに──なぜか、目が離せなかった。

三者三様の反応に、私の胸はドキドキと高鳴った。彼らが通り過ぎた後も、その余韻が胸に残っている。

私、どうしちゃったんだろう。顔が熱い──。



翌日、新学期最初の授業が始まった。私のクラスには、三つ子の長男・橙哉くんがいる。

「はあ……橙哉くん、素敵」

今は数学の授業中だというのに、女の子のうっとりとしたような声がどこからか聞こえてくる。

見ると、クラスのほとんどの女の子たちが、先生が説明している黒板ではなく橙哉くんのほうへと目を向けていた。

私は、もちろん橙哉くんではなく、まっすぐ黒板を見据えている。

けれど、進級したばかりで慣れない授業のペースについていけず、私はノートを取る手が止まってしまった。

「ねえ。今日の数学、難しすぎない? 先生の説明も全然理解できないし」

「わかるー。でも、わたし、あとでパパの会社のT大出身の人に教えてもらうから大丈夫」

近くの席から聞こえてくる会話に、私は思わず耳を塞ぎたくなる。

家庭教師を雇ったり、家族のツテで勉強を教えてもらったり。そんなことが当たり前のお嬢様たちとは、私はやっぱり違うんだ……。

焦りからか、頭の中が真っ白になっていく。

けれど、私は首を横に振る。気にしちゃダメ、私は私。

そう自分に言い聞かせ、私は先生の話に必死に食らいつくのだった。



「はぁ……」

休み時間になり、私はノートを見返しながら溜息をついていた。板書は途中で途切れ、先生の説明も半分しか聞けていない。

このままじゃ、次の授業も……。

「里中さん」

「!」

突然、声をかけられ顔を上げると……なんと、橙哉くんが私の机の前に立っていた。

えっ。なんで橙哉くんが、ここに?

普段、一条三兄弟と話すことなんてめったにない私は、途端に緊張する。心臓がバクバクとうるさい。

「昨日は、学園長……いや、祖父のことを助けてくれてありがとう」

私に向かって軽く頭を下げると、橙哉くんは一冊のノートを机の上にそっと置いた。

「これ、さっきの数学の授業のノートなんだけど。良かったら、使って?」

「えっ、私に!? いいの?」

「もちろん。板書に追いついてなくて、焦ってたでしょ?」

「あっ、ありがとう……」

私は、ペコッとお辞儀をする。まさか、橙哉くんに見られていたなんて。

橙哉くんのノートをパラパラとめくると、授業の板書はもちろん、わかりやすい補足説明やイラストまで丁寧に書き込まれていて。彼の真面目さが伝わってくる。

さらに、表紙の裏にはこんな言葉が書かれていた。

『里中桃花さんへ。君のために』

君のために──。

その言葉を見た瞬間、胸がきゅんと音を立てた。ドクン、ドクンと心臓の音が耳に響く。

「もし、授業でわからないところとかあったら、いつでも僕に聞いてね」

橙哉くんは、私の目を見つめながら優しく微笑むと、教室を出ていった。

橙哉くん、いい人だな……。彼の優しさに、私の心は温かくなった。

けれど、どうしてだろう。

彼の笑顔の奥に、ほんの少しだけ、さびしさのようなものを感じた気がした。



放課後。私は学校の図書室で自習をしていた。時折、本のページをめくる音だけが響く静かな空間。

「うーん……」

さっき図書室で借りたばかりの参考書と、橙哉くんが貸してくれたノートを前に、ひとり唸っていると──。

「隣、いいかな?」

そんな声とともに、誰かが隣の席に座った。

ハッとして顔を上げると、一条三兄弟の三男・紅暉くんが、人懐っこい笑みを浮かべながら私を見ていた。

「君、里中桃花ちゃん……だよね? 始業式のとき、じいちゃんのことを助けてくれた!」

「えっと、うん」

「こんなところで、ひとりで何してるの?」

彼は少し身を乗り出し、ニコニコ笑顔で尋ねてくる。柔軟剤のいい香りが鼻をかすめ、ドキリとした。

紅暉くん……近い、近すぎる!

「ええっと……授業についていくために、予習してるんだ」

少し恥ずかしかったけど、私は正直に答える。

「へえ、桃花ちゃんって真面目なんだね。オレ、勉強とか苦手だからさ」

紅暉くんは笑いながらそう言って、私の参考書を覗き込んできた。彼との距離がどんどん近くなって、心臓がうるさすぎて壊れそう。

「桃花ちゃんって、面白いよね」

紅暉くんは、キラキラと目を輝かせる。

「突然、木に登ったりしてさ。他のお嬢様とは違うっていうか。オレ、君みたいな子は初めてだよ」

ストレートにそう言われて、私は戸惑いながらも悪い気はしなかった。

「オレ、ずっと探してたんだよ。木登りの女の子のこと」

「え?」

「だって、気になるじゃん。君のこと、もっと知りたいんだ」

紅暉くんは私の顔を覗き込む。距離が近すぎて、私の心臓はもう爆発寸前。

「ねえ。今度一緒に、学校の近くにあるカフェに行かない? おいしいスイーツの店があるんだ」

「え、私と?」

「うん。……君がいいんだ」

無邪気な笑顔で誘ってくれる彼の言葉に、私は胸がときめく。

「どうして、私なんかを誘ってくれるの?」

紅暉くんは、屈託のない笑顔で答えた。

「だって、桃花ちゃんと話してると楽しいもん。それに……」

彼は少し真面目な表情になる。

「君は他の女の子とは違うって、すぐにわかったから」

その言葉に心が少し温かくなった、そのときだった。

──ドンッ!

通りかかった誰かが突然、私の肩にぶつかってきた。

「あーら、ごめんなさい」

それは、城之内さんだった。

「ふふっ。庶民の方が使うノートって、こんなに薄汚くてペラペラなのね」

彼女はわざとらしく私のノートを床に落とし、嫌な笑みを浮かべた。さらに、靴でノートを踏みつける。

「……っ!」

ひどい……どうして、そんなことするの?

悔しくて、涙が出そうになる。

「おい、何するんだよ!?」

私がうつむいていると、突然、紅暉くんが大きな声を出した。さっきまでの無邪気さとは別物。彼の声は鋭く、怒りがこめられている。

「君、いま桃花ちゃんにわざとぶつかっただろ。それに、ノートを踏むなんて……謝れよ!」

紅暉くんの言葉に、城之内さんたちは驚いて顔をこわばらせた。

だけど、紅暉くんの言葉は途中で途切れてしまう。

目の前の城之内さんがなぜか、おびえるような顔をしたから。

どうしたんだろうと振り返ると、いつの間にか私の後ろには三つ子の次男である、蒼葉くんが立っていた。

蒼葉くんは無表情で、彼女たちをじっと見つめている。彼の瞳の奥には、静かな怒りが宿っているように見えた。

まるで、凍てついた湖のような──。

「あっ、蒼葉様……い、行きましょう!」

城之内さんたちは蒼葉くんの無言の圧力に耐えられなくなったのか、逃げるように去っていった。

「あっ、ありがとう!」

私が慌ててお礼を言うと、蒼葉くんは床に落ちていたノートをさっと拾い上げる。そして、軽く手で埃を払ってから私に渡してくれた。

「……気をつけろよ」

冷たい声でそれだけ言うと、彼は私の目を見ることなく、立ち去っていった。

まさか、助けてくれるなんて。

怖い人なのかと思っていたけど、優しいところもあるんだな。

初めて目の当たりにした彼の優しい一面に、私の心は不思議と強く惹かれた。



その日の放課後。図書室での自習を終えた私が、昇降口で靴を履き替えていると、複数の気配を感じた。

振り返ると、一条三兄弟が並んで立っていた。

夕日に照らされた三人は、本当に絵になる。オレンジ色の光が、彼らの輪郭を黄金色に染めていた。

「えっと、何か用ですか?」

戸惑いながら、尋ねる私。

「里中さん」

橙哉くんが一歩前に出て、優しく微笑む。

「明日から、僕が君の勉強を手伝うよ」

「えっ?」

橙哉くんが? なんで?

「えっ、ちょっと待ってよ兄貴!」

紅暉くんが慌てて割り込んでくる。

「オレも、桃花ちゃんと一緒にいたいんだけど!」

そして、無言で立っていた蒼葉くんが小さく呟いた。

「……俺も」

三人が同時に私を見つめる。

その目は優しくて、熱くて──私は、思わず息をのんだ。心臓の音がうるさすぎる。

「あの、どういう……?」

橙哉くんが、いつもより真剣な表情で言った。

「君を守りたいんだ。僕たち三人で」

「守る?」

戸惑う私に、紅暉くんが無邪気に笑う。

「さっきも、城之内さんに嫌なことされてたよね? だから、これからはオレたちがいつも、桃花ちゃんのそばにいるよ」

蒼葉くんは相変わらず無表情だけれど、その目は私だけを見つめていた。

「待って。私、そんなつもりじゃ……」

私が戸惑っていると、遠くから城之内さんたちの笑い声が聞こえてきた。

その瞬間、蒼葉くんがさりげなく私の前に立ち、橙哉くんが私の肩にそっと手を置き、紅暉くんが私の手を取った。

「大丈夫。これからは、僕たちがいるから」

三つ子たちの温もりに包まれて、私の胸は激しく高鳴る。

橙哉くんの手は温かくて、紅暉くんの手は力強くて、蒼葉くんの背中は頼もしくて。

三人それぞれの優しさが、私を包み込む。

「あの……ありがとう」

私がそう言うと、三人は顔を見合わせて微笑んだ。

その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも眩しい。

そして橙哉くんは、優しい目をしたまま、とんでもないことを言った。

「当たり前だよ、里中さん。君は、僕たち三人の中から、将来のパートナーを選ぶことになるんだから」

「えっ……パートナー? 何それ、どういうこと!?」

「婚約者候補、だよ」

紅暉くんがさらりと答えた。

婚約者候補──。

その言葉に、世界が止まった。婚約者──つまり、結婚──私と、この三人の誰かが!?

「ちょ、ちょっと待って! それって……」

「俺たちの祖父と、お前のおばあさんが決めたらしい」

蒼葉くんが、初めて真っ直ぐ私を見つめた。

その瞳には、運命を受け入れろと言うような、強い意志が宿っていた。

私は、顔を上げることができなかった。

婚約者候補──。

三つ子の温もりに包まれたまま、頭の中でその言葉が繰り返される。

この三人が、私の婚約者候補なんて……そんなの初耳なんだけど──!?

「あれ? その反応……もしかして桃花ちゃん、聞いてないの? おばあさんから」

紅暉くんが驚いたように尋ねる。

「俺たちの祖父と、お前のおばあさんが知り合いで。遠い昔に約束したらしい」

蒼葉くんの言葉で、すべてが繋がった。

三人の優しさも、城之内さんの嫌味も、そしておばあちゃんのあの言葉も──。

『この学園には、桃花の運命の人がいるかもしれないからね』

おばあちゃんは、知っていたんだ。

この学園に、私の運命の人がいることを。それが一条三兄弟だということを。

私の運命は、すでに定められていたんだ。

一条三兄弟の誰かと、私は恋に落ちる──。

「ねえ、桃花ちゃん」

紅暉くんが、私の手をぎゅっと握った。

「オレたち三人とも、君のことが気になってるんだ。だから……これから、たくさん一緒にいよう?」

「僕も、君のことをもっと知りたい」

橙哉くんが優しく微笑む。

「……お前のことは、守る」

蒼葉くんが、ぼそりと呟いた。

三人それぞれの言葉が、私の心に深く刻まれていく。

胸が熱い。顔が熱い。心臓がうるさすぎて、もう何も考えられない。

「わ、私……」

言葉が出てこない。どうすればいいのかわからない。

だけど、三人の温もりはなぜか心地よくて、離れたくないと思ってしまう自分がいた。

「焦らなくていいよ、里中さん」

橙哉くんが、そっと私の頭に手を置いた。

「ゆっくり、僕たちのことを知っていってくれればいい。そして……」

彼は少し照れたように笑う。

「いつか、君の心が決まったとき。僕たち三人の中から、君が選んだ人が君の運命の人になる」

「オレ、桃花ちゃんに選ばれるように頑張るからね!」

紅暉くんが無邪気に笑う。

「……俺も、本気だ」

蒼葉くんの言葉は短いけれど、その瞳には強い決意が宿っていた。

三人の視線が、私に注がれる。

優しくて、熱くて、真剣で──。

私の運命の相手は、この三人のうち誰なんだろう?

優しい橙哉くん? 無邪気な紅暉くん? それとも、クールな蒼葉くん?

いや、待って。

私、まだ中学二年生なのに!?

いきなり婚約者候補だとか言われても、困るんだけど……!

夕日が沈み、オレンジ色の空が紫色に変わっていく。

明日から始まる、三つ子くんたちとの新しい学園生活。

私の恋の運命は、一体どうなっちゃうの──!?

けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

三人の温もりに包まれながら、私はそっと心の中で呟く。

これから、どんな毎日が待っているんだろう。

ドキドキするけど、ちょっと楽しみかも。

私の胸は、まだドクドクと高鳴り続けていた。