隣の席が、一番遠かった

中学一年生 冬


ガガガガ、と教室中に響くミシンの音。
ふと顔を上げると、すぐ隣に君の横顔があった。
​ミシンの針をじっと見つめる、少しだけ真剣な目。
そこから、ふわりとシトラスの香りがした。
​冬の乾燥した空気に溶ける、清潔で、どこか背筋が伸びるような匂い。
「……あ、そこ曲がってるぞ」
不意に君が私の方を向いて笑う。
その距離、わずか50センチ。​君がひょいと顔を覗き込んできて、シトラスの香りが一気に濃くなる。
心臓が跳ねて、顔が熱くなるのがわかった。
​近すぎる。
心臓の音がバレないか不安でたまらなくて、そのまま逃げ出したい。
でも、そんな私のドキドキを知るはずもない君は、無邪気に私の手元を指さしている。
​「わかってるし! 今直そうと思ってたんだから、見ないでよ」
​可愛くない言葉が、口をついて出た。
恥ずかしさを隠したくて、わざとぶっきらぼうに突き放す。
素直にありがとうなんて、言えるわけなかった。
わざとぶっきらぼうに言った私の言葉に、君は声を上げて笑った。
​「はいはい。じゃあ、お手並み拝見だな」
​そう言って、君は自分の手元に視線を戻す。
突き放したはずなのに、君が笑ってくれたから、私の心はさっきよりもずっと騒がしくなっていた。
​ミシンの音に紛れて、誰にも聞こえないように小さく息を吐く。
熱くなった頬を隠すように下を向いて、私はまた、真っ直ぐ縫えそうにない布と向き合った。


​あの時の私は、この距離が、この匂いが、明日には世界の裏側くらい遠くなるなんて、これっぽっちも思っていなかったんだ。