一部始終を話し終えた頃にはもう持てない長さになっていた煙草を、私は灰皿に押しつけた。
「……アンナ嬢が結婚ねえ」
そう気のない相槌を打ったシモンは、私の目の前でバニラアイスクリームをプラスチック容器から逆円錐のガラスの器に移動させている。
カウンターの脇には次の工程で使用するカットされた苺とバナナ、ハートのチョコプレートとチョコソースのチューブがあり、この大男がファンシーなスイーツを作る姿はいつ見てもなかなか味があるものである。
「そりゃお前にとっちゃ一大事だな」
「…………」
「おい。なに無視してんだ、ルカ」
店主兼料理長は半分に切った苺をフチに沿って隙間なく並べながら、こちらに文句を言う。
「シモンさん、きっと神父様は認めたくないのよ」
エマは私の心を覗いてきたかのように、離れたテーブル席からわざわざ余計なことを口にする。それが当たっているからまた困るのだ。人生10年目の女児に見抜かれる28歳男の心情って一体……。
そしてこれをきっかけに、あの悪夢の再放送が脳内で始まった。
『……アンナ、これで心置きなく進められるな? シュヴァルツ家のご長男・ハインリヒ卿との婚約の話を』
『私がハインリヒ様と結婚式を挙げるその時は……神父様、ぜひ祝福をお願いいたしますね』
(うおおおお!)
経験でわかっている。この手の脳内再生は、簡単には止まらない。
猛烈な胸の痛みを覚え、世界がぐにゃりと歪むような感覚に陥ったが、髪を掻きむしりながらその辺りに生えている葦の一本として必死に頭を働かせる。感情的な衝動を鎮めるには、理屈をこねるのが一番なのだ。
(そもそも、世の中の男女が全員、相思相愛になることは確率的に不可能。仮に思いが通じ合ったとしても、様々な事情で一緒になれない方たちもいる)
それは、日々お悩み相談室で聞くお悩みTOP 10にランクインするような内容であり、揺るぎない事実だ。
(……つまり、このような痛みを抱えて正気を失わずにいられる人間も存在する。……よって、私もそうなるのだ!)
残りのコーヒーを天井を向く勢いでぐいっと煽り気合を入れると、そのままシモンに叫んだ。
「というわけで、シュヴァルツ家のことを教えてください!」
人がやっとの思いで口にしたというのに、正面のカウンターは空っぽだった。
顔に似合わず繊細に仕上げたパフェを、後ろのテーブル席に提供中だったからだ。しかも何やら私抜きで話が盛り上がっている。
「あ? 悪い、なんだって?」
+++
店主兼料理長兼情報屋は無精髭の生えた顎を撫でながら、頭の中の引き出しをいくつか開けている。
「……シュヴァルツ家か。王都で《ヴァイス商会》って金融商会を営んでいる金持ちで……確か2年くらい前だな、こっちに来るようになったのは」
シモンによると、シュヴァルツ家はこのトーゲン町で生産されている《トーゲン・ウール》にビジネスチャンスを見出している商業貴族らしい。
そのためこの地の領主であり、《トーゲン・ウール》のブランド化を手がけたエーレンベルク家をたびたび訪ねていたようだ。
このトーゲン町の前領主は統治に無関心で、領地経営にも疎かった。交易は衰え、治安維持の兵も減り、町は荒れていった。まるでこの店の外観・内装のように。
「……ルカ、お前いま失礼なこと考えてねえか?」
「言いがかりはやめてください」
私はひどく真剣な顔を作り、モノローグを再開する。
――その前領主に代わって、王命によりこの地方の再建を任されたエーレンベルク卿は、この地域の特産品であるウール製品のブランド化を目指したのだ。
そして、たった1年で《トーゲン・ウール》は女王のドレスの生地に採用された。それ以来一気にブランド力をつけ……トーゲン町の“現在の”財政状況はとてもよく、みな生活に余裕があり、平和ボケしているというわけだった。
このように、エーレンベルク卿は町を盛り上げるため日々尽力くださっている。彼はかなりのやり手なので、シュヴァルツ家と気が合ったのかもしれない。そこから婚約話に派生した可能性もある。なんてことだ……。
――ところで、お気づきだろうか?
先ほど私がこの目つきの悪い男を情報屋と呼んだことを。
喫茶&バーを運営していると、店の性質上色々な情報が集まってくる。よってシモンは副業として、ここで得た情報を記者に売ったり売らなかったりしているようだ。
……情報を売るなんてよくない? 違いますよ。
こんな躾のなっていない男がいる店で重要な話をする方が悪いんです。壁に耳あり、《ユートピア》に目あり。
「つーか、その赤ん坊に聞きゃあいいだろ。そいつの予言? みたいなもんがきっかけなんだし、人生2周目なんだろ?」
「リーナ、あかちゃんじゃない。りっぱな、おとなのおんな」
「残念ながら、こちらのレディーは詳しいことは思い出せないと言ってるんですよ。なので、根拠のある情報なのかを明らかにするため、4杯のドリンク代とスーパーBIGプリンアラモードパフェ代を払ったというわけです」
「大した転生者だな。……お前、その話本気にしてるのか?」
器から飛び出た苺をつまみながら、トビーはこちらにも切れ味鋭い言葉のナイフを投げた。
「すがるものがほしいだよね、神父様」
(うっ)
端から見ているのは楽しいのだが、こちらが刺されるとなると痛い。
「はい……正直に言うと、すがってます。シュヴァルツ家に問題があって、婚約が白紙にならないかなと」
「……この神父にしてこの転生者ありってか」
呆れ返ったようにのけ反り、大げさに額を手のひらで覆いながらも、シモンは口を開く。
「だがまぁ……シュヴァルツ家に悪い噂があるってのは確かだぜ」
※長編大賞には間に合いませんが、プロットは出来ているので少しずつ更新予定です。もしよろしければ最後までお付き合いください。
「……アンナ嬢が結婚ねえ」
そう気のない相槌を打ったシモンは、私の目の前でバニラアイスクリームをプラスチック容器から逆円錐のガラスの器に移動させている。
カウンターの脇には次の工程で使用するカットされた苺とバナナ、ハートのチョコプレートとチョコソースのチューブがあり、この大男がファンシーなスイーツを作る姿はいつ見てもなかなか味があるものである。
「そりゃお前にとっちゃ一大事だな」
「…………」
「おい。なに無視してんだ、ルカ」
店主兼料理長は半分に切った苺をフチに沿って隙間なく並べながら、こちらに文句を言う。
「シモンさん、きっと神父様は認めたくないのよ」
エマは私の心を覗いてきたかのように、離れたテーブル席からわざわざ余計なことを口にする。それが当たっているからまた困るのだ。人生10年目の女児に見抜かれる28歳男の心情って一体……。
そしてこれをきっかけに、あの悪夢の再放送が脳内で始まった。
『……アンナ、これで心置きなく進められるな? シュヴァルツ家のご長男・ハインリヒ卿との婚約の話を』
『私がハインリヒ様と結婚式を挙げるその時は……神父様、ぜひ祝福をお願いいたしますね』
(うおおおお!)
経験でわかっている。この手の脳内再生は、簡単には止まらない。
猛烈な胸の痛みを覚え、世界がぐにゃりと歪むような感覚に陥ったが、髪を掻きむしりながらその辺りに生えている葦の一本として必死に頭を働かせる。感情的な衝動を鎮めるには、理屈をこねるのが一番なのだ。
(そもそも、世の中の男女が全員、相思相愛になることは確率的に不可能。仮に思いが通じ合ったとしても、様々な事情で一緒になれない方たちもいる)
それは、日々お悩み相談室で聞くお悩みTOP 10にランクインするような内容であり、揺るぎない事実だ。
(……つまり、このような痛みを抱えて正気を失わずにいられる人間も存在する。……よって、私もそうなるのだ!)
残りのコーヒーを天井を向く勢いでぐいっと煽り気合を入れると、そのままシモンに叫んだ。
「というわけで、シュヴァルツ家のことを教えてください!」
人がやっとの思いで口にしたというのに、正面のカウンターは空っぽだった。
顔に似合わず繊細に仕上げたパフェを、後ろのテーブル席に提供中だったからだ。しかも何やら私抜きで話が盛り上がっている。
「あ? 悪い、なんだって?」
+++
店主兼料理長兼情報屋は無精髭の生えた顎を撫でながら、頭の中の引き出しをいくつか開けている。
「……シュヴァルツ家か。王都で《ヴァイス商会》って金融商会を営んでいる金持ちで……確か2年くらい前だな、こっちに来るようになったのは」
シモンによると、シュヴァルツ家はこのトーゲン町で生産されている《トーゲン・ウール》にビジネスチャンスを見出している商業貴族らしい。
そのためこの地の領主であり、《トーゲン・ウール》のブランド化を手がけたエーレンベルク家をたびたび訪ねていたようだ。
このトーゲン町の前領主は統治に無関心で、領地経営にも疎かった。交易は衰え、治安維持の兵も減り、町は荒れていった。まるでこの店の外観・内装のように。
「……ルカ、お前いま失礼なこと考えてねえか?」
「言いがかりはやめてください」
私はひどく真剣な顔を作り、モノローグを再開する。
――その前領主に代わって、王命によりこの地方の再建を任されたエーレンベルク卿は、この地域の特産品であるウール製品のブランド化を目指したのだ。
そして、たった1年で《トーゲン・ウール》は女王のドレスの生地に採用された。それ以来一気にブランド力をつけ……トーゲン町の“現在の”財政状況はとてもよく、みな生活に余裕があり、平和ボケしているというわけだった。
このように、エーレンベルク卿は町を盛り上げるため日々尽力くださっている。彼はかなりのやり手なので、シュヴァルツ家と気が合ったのかもしれない。そこから婚約話に派生した可能性もある。なんてことだ……。
――ところで、お気づきだろうか?
先ほど私がこの目つきの悪い男を情報屋と呼んだことを。
喫茶&バーを運営していると、店の性質上色々な情報が集まってくる。よってシモンは副業として、ここで得た情報を記者に売ったり売らなかったりしているようだ。
……情報を売るなんてよくない? 違いますよ。
こんな躾のなっていない男がいる店で重要な話をする方が悪いんです。壁に耳あり、《ユートピア》に目あり。
「つーか、その赤ん坊に聞きゃあいいだろ。そいつの予言? みたいなもんがきっかけなんだし、人生2周目なんだろ?」
「リーナ、あかちゃんじゃない。りっぱな、おとなのおんな」
「残念ながら、こちらのレディーは詳しいことは思い出せないと言ってるんですよ。なので、根拠のある情報なのかを明らかにするため、4杯のドリンク代とスーパーBIGプリンアラモードパフェ代を払ったというわけです」
「大した転生者だな。……お前、その話本気にしてるのか?」
器から飛び出た苺をつまみながら、トビーはこちらにも切れ味鋭い言葉のナイフを投げた。
「すがるものがほしいだよね、神父様」
(うっ)
端から見ているのは楽しいのだが、こちらが刺されるとなると痛い。
「はい……正直に言うと、すがってます。シュヴァルツ家に問題があって、婚約が白紙にならないかなと」
「……この神父にしてこの転生者ありってか」
呆れ返ったようにのけ反り、大げさに額を手のひらで覆いながらも、シモンは口を開く。
「だがまぁ……シュヴァルツ家に悪い噂があるってのは確かだぜ」
※長編大賞には間に合いませんが、プロットは出来ているので少しずつ更新予定です。もしよろしければ最後までお付き合いください。



