乙女ゲームの世界に転生しちゃったんですけど~ヒロインは恋のライバルです!?~

「緑地くん」
 と、由香ちゃんの声が聞こえて、わたしはスマホから目を上げた。
 斜め後ろを振り返れば、いつの間に戻って来たのか、幸太くんの傍に由香ちゃんが立っている。
「白石先輩が用事があるって。特別校舎の屋上で待ってるから、すぐ来てほしいって言ってたよ」
「何だろ。わかった」
 幸太くんが教室を出て行く。
 何故か由香ちゃんは身体の前で手を組み、同情するような眼差しでその背中を見送った。
 そして拓馬と一色さんに「お邪魔しました。どうぞごゆっくり」とやけに礼儀正しく頭を下げ、こちらへ来る。
 わたしと目が合うと、彼女は満面の笑みになり、わたしの腕を引っ張った。
「ちょっと付き合って!」
「へっ? 何? 何なの?」
 わたしは強制的に立ち上がらされた。
 右手でスマホをスカートのポケットに入れる間にも、由香ちゃんはぐいぐいわたしの腕を引っ張り、廊下に出ていく。
 彼女がこれほど強引な行動に出るのは珍しく、わたしは目を白黒させた。
「いいから早く! 休憩時間終わっちゃう! わたしも白石先輩も今日は昼食抜きを覚悟してるんだからね! 全部悠理ちゃんや黒瀬くんのためなんだから!」
「どういうこと? なんで有栖先輩の名前が出てくるの?」
 由香ちゃんは困惑するわたしの手を引いて、一階へ下りて行った。
 靴を履き替え、校舎から遠く離れた裏庭へ直行する。
 裏庭といってもベンチも何もない。部活棟の後ろに広がる空き地だ。
「これだけ離れれば大丈夫だよね。一色さんは黒瀬くんとのお喋りに夢中だろうし。大福くん! 聞こえたなら出て来て!」
「はっ?」
 呆気に取られたわたしを放って、由香ちゃんは自分の左肩に右手をやった。
 手のひらを上に向け、大切な何かを受け止めるような動作をし、その手を身体の前へ移動させる。
「わたしの右手の上には白いハムスターがいます。昨日の夜、この子はわたしに助けを求めてきたの」
 由香ちゃんは右手をわたしに近づけた。
 でも、わたしには何も見えない。
 その疑問を解消するように、由香ちゃんは早口でまくし立てた。
「大福くんはいま、ずっと前に黒瀬くんの感情制限が外れていたことを神さまに報告しなかった罰を受けてて、悠理ちゃんの目には見えないようにされているんだって。悠理ちゃんには聞こえないし触れない。だから、わたしが通訳するね。『久しぶりだな悠理。オイラがいなくても元気だったか』」
 滑るように由香ちゃんの口から出てきた言葉に、わたしは目を剥いた。
 大福が「オイラ」という一人称を使っていたことなど、由香ちゃんが知るわけがない。
 本当に大福がここにいるのだ。