「大丈夫?」
拓馬の一言が、止まっていた時間を動かした。
自分が被害者だというのに、拓馬はぶつかってきた彼女の安否を確認した。
それが意外だったらしく、少女はきょとんとして、
「はい。わたしは大丈夫です。ご心配ありがとうございます。でも、あなたのズボンが……本当にすみません」
彼女は頭を下げた。ポニーテイルが肩に落ちて流れる。
「いいよ。このズボンもう古いし、ちょうど捨てようと思ってたところだったんだ。だから気にしないで」
「そうなんですか?」
ほっとしたように少女は笑ったものの、すぐにそれが優しい嘘である可能性に思い当たったらしく、表情を翳らせた。
「でも……」
少女はそこで言葉を切り、わたしと拓馬を交互に見て、困ったように笑った。
「……お詫びしたいんですが、あんまりしつこいとデートの邪魔になってしまいますよね」
「いや、デートじゃないけど」
「そうなんですか?」
少女は目をぱちくりさせてわたしを見た。
「…………」
「……あ。えーと」
わたしが肯定も否定もしなかった――とても何か言える状態ではなかった――ことで何かを悟ったらしく、少女は焦ったように手を振り、言葉を紡いだ。
「やっぱりお邪魔のような気がしますし。わたしはこれで失礼しますね。本当にすみませんでした」
丁寧に頭を下げて、少女は踵を返した。
拓馬は動かない。
ただ黙って遠ざかる少女の背中を見ている。
止めて。そんな目で見ないで――蜂の巣をつついたように胸がざわざわする。
心が不安で押し潰されそうだ。
「なあ、いまの子可愛くなかった?」
拓馬は笑ってわたしを見――ぎょっとしたように目を剥いた。
「どうしたんだよ。顔色が真っ青だぞ。具合が悪いのか? どこかで休む? それとも帰るか?」
「ううん。大丈夫……」
笑わなければ。笑え。
そう命じるのに、頬が引き攣って、出来損ないの笑顔しか作れなかった。
右の二の腕に左手をかけ、ぎゅっと掴む。
いくら抑えようとしても、身体の震えが止まらない。
いまの子可愛くなかった?――拓馬はそう言った。
わたしは『バスケットボールをぶつけて精神的ショックを与え』なければ拓馬の感情制御を外せなかったのに、彼女はただ一度の邂逅で拓馬を魅了してしまったらしい。
それもそのはず。
彼女の名前は一色乃亜。
本来半年後に現れるべき拓馬の運命の相手、この世界のヒロインだった。
拓馬の一言が、止まっていた時間を動かした。
自分が被害者だというのに、拓馬はぶつかってきた彼女の安否を確認した。
それが意外だったらしく、少女はきょとんとして、
「はい。わたしは大丈夫です。ご心配ありがとうございます。でも、あなたのズボンが……本当にすみません」
彼女は頭を下げた。ポニーテイルが肩に落ちて流れる。
「いいよ。このズボンもう古いし、ちょうど捨てようと思ってたところだったんだ。だから気にしないで」
「そうなんですか?」
ほっとしたように少女は笑ったものの、すぐにそれが優しい嘘である可能性に思い当たったらしく、表情を翳らせた。
「でも……」
少女はそこで言葉を切り、わたしと拓馬を交互に見て、困ったように笑った。
「……お詫びしたいんですが、あんまりしつこいとデートの邪魔になってしまいますよね」
「いや、デートじゃないけど」
「そうなんですか?」
少女は目をぱちくりさせてわたしを見た。
「…………」
「……あ。えーと」
わたしが肯定も否定もしなかった――とても何か言える状態ではなかった――ことで何かを悟ったらしく、少女は焦ったように手を振り、言葉を紡いだ。
「やっぱりお邪魔のような気がしますし。わたしはこれで失礼しますね。本当にすみませんでした」
丁寧に頭を下げて、少女は踵を返した。
拓馬は動かない。
ただ黙って遠ざかる少女の背中を見ている。
止めて。そんな目で見ないで――蜂の巣をつついたように胸がざわざわする。
心が不安で押し潰されそうだ。
「なあ、いまの子可愛くなかった?」
拓馬は笑ってわたしを見――ぎょっとしたように目を剥いた。
「どうしたんだよ。顔色が真っ青だぞ。具合が悪いのか? どこかで休む? それとも帰るか?」
「ううん。大丈夫……」
笑わなければ。笑え。
そう命じるのに、頬が引き攣って、出来損ないの笑顔しか作れなかった。
右の二の腕に左手をかけ、ぎゅっと掴む。
いくら抑えようとしても、身体の震えが止まらない。
いまの子可愛くなかった?――拓馬はそう言った。
わたしは『バスケットボールをぶつけて精神的ショックを与え』なければ拓馬の感情制御を外せなかったのに、彼女はただ一度の邂逅で拓馬を魅了してしまったらしい。
それもそのはず。
彼女の名前は一色乃亜。
本来半年後に現れるべき拓馬の運命の相手、この世界のヒロインだった。

