荷馬車が、辺境の領地に到着したのは、3日目の夕暮れだった。
エリアナは荷台から降り、周囲を見回した。
荒涼とした土地。
地平線まで続く荒れ地。雑草が生い茂り、岩が散乱している。遠くに見える山々は、灰色の霧に包まれている。
領主館は、丘の上にあった。
だが、それは館と呼べるものではなかった。
壁は崩れかけ、屋根には穴が開いている。窓ガラスは割れ、扉は朽ちている。
エリアナは、ゆっくりと館へ向かった。
村が、丘の麓にある。
小さな家が十数軒。畑は荒れ果て、作物はほとんど育っていない。
村人たちが、エリアナを見ている。
警戒の目。
誰も近づいてこない。ただ、遠くから観察しているだけ。
エリアナが村の入口に立つと、一人の老人が近づいてきた。
白い髭、深い皺、曲がった腰。杖をついて、ゆっくりと歩いてくる。
「新しい領主様か」
老人の声は、低く掠れている。
エリアナは頷いた。
「はい。エリアナと申します」
老人は、エリアナを上から下まで見た。
「若い娘だな。こんな辺境に、何の用だ」
「ここで、新しい生活を始めます」
エリアナは、まっすぐに老人を見つめた。
老人は、鼻で笑った。
「期待はしていない。これまでの領主も、皆すぐに逃げ出した」
「私は逃げません」
エリアナは、静かに言った。
「これから、この土地を変えていきます」
老人は、しばらくエリアナを見つめた。
そして、肩をすくめる。
「好きにしろ。だが、ここは厳しい土地だ。魔獣も出る。生き残れるとは思わんがな」
老人は、杖をついて去っていった。
他の村人たちも、興味を失ったように家に戻っていく。
エリアナは、一人立ち尽くした。
半信半疑。
村人たちは、エリアナを信じていない。
だが、それでいい。
エリアナは、行動で示す。
領主館へ向かい、荷物を運び込む。
館の中は、外見よりはマシだった。
屋根の穴は一部だけ。壁も、補修すれば使える。
エリアナは、荷物を床に置いた。
薬の瓶。薬草の種。父の日記の写し。
そして、これから使う道具。
「ここから、始めよう」
エリアナは呟いた。
窓の外を見る。
夕日が、地平線に沈もうとしている。
明日から、本当の戦いが始まる。
夕暮れ、エリアナは森の入口を歩いていた。
薬草を探すために。
森は、深く暗い。木々が密集し、光が届かない。
魔獣の森。
村人たちが恐れる場所。
エリアナは、慎重に足を進めた。
その時、低い唸り声が聞こえた。
エリアナは立ち止まる。
前方、木の陰に何かがいる。
巨大な影。
エリアナがそっと近づくと、それが見えた。
銀色の毛並みを持つ、巨大な狼。
体長は2メートル以上。鋭い牙、黄色い目。
だが、その狼は倒れていた。
後ろ足に、深い傷。血が滲んでいる。
狼は、エリアナを見た。
威嚇するように、唸る。
「魔獣だ! 逃げろ!」
背後から、村人の声。
数人の村人が、エリアナの後ろに立っている。
「領主様、危ない! 早く!」
だが、エリアナは動かなかった。
前世の知識が、頭の中で囁く。
これは感染症。
傷口が化膿している。熱を持っている。放置すれば、敗血症で死ぬ。
エリアナは、ゆっくりと狼に近づいた。
「領主様!」
村人たちが叫ぶ。
だが、エリアナは構わない。
狼は、唸り声を上げる。
だが、動けない。体力が尽きている。
エリアナは、狼の前で膝をついた。
「大丈夫、治してあげる」
優しい声で、囁く。
狼の目が、エリアナを見つめる。
黄色い目。その奥に、知性の光。
エリアナは、持っていた水筒を開けた。
布を濡らし、狼の傷口に当てる。
狼が、一瞬身を強ばらせる。
だが、すぐに大人しくなった。
エリアナの手が、優しい。
痛みを和らげるように、丁寧に傷を洗浄する。
血と膿を拭き取る。
そして、調合した薬を取り出す。
抗菌作用のある軟膏。
エリアナは、それを傷口に塗った。
狼は、じっとしている。
エリアナの手を、信頼しているかのように。
「これで、少しは楽になるはず」
エリアナは、布で傷を包む。
狼が、小さく鼻を鳴らした。
まるで、感謝しているかのように。
村人たちが、呆然と見ている。
「魔獣を……手懐けた……?」
老村長の声が、震えている。
エリアナは立ち上がり、村人たちを振り返った。
「魔獣ではありません。ただの狼です。怪我をしていただけ」
村人たちは、信じられないという表情。
エリアナは、狼に向き直った。
「ゆっくり休んで。また明日、来るから」
狼は、エリアナをじっと見つめていた。
翌朝、エリアナが領主館の扉を開けると、そこに銀狼がいた。
座って、エリアナを待っていた。
エリアナは驚いた。
「来たの?」
狼は、尾を振った。
エリアナは微笑み、狼の頭を撫でた。
「よしよし」
狼は、目を細める。
エリアナが村へ向かうと、狼がその後をついてくる。
村人たちが、驚愕の表情で見ている。
「魔獣が……領主様の後ろに……」
「あれは、もう魔獣じゃないぞ……」
老村長が、エリアナに近づいてくる。
「領主様、魔獣を手懐けるとは……一体、どうやって」
エリアナは、微笑んだ。
「ただ、優しくしただけです」
老村長は、狼を見つめる。
狼は、大人しくエリアナの隣に座っている。
「……信じられん」
老村長は、頭を振った。
エリアナは、村人たちに向かって言った。
「皆さん、怪我や病気があれば、私が診ます。薬も作れます。遠慮なく言ってください」
村人たちは、顔を見合わせる。
誰も、近づいてこない。
エリアナは、溜息をついた。
信頼を得るには、時間がかかる。
その時、一人の女性が走ってきた。
「領主様! お願いします!」
女性は、涙を流している。
「息子が、高熱で……もう3日も……」
エリアナは、すぐに女性についていった。
女性の家は、村の端にある。
中に入ると、小さな男の子が寝台に横たわっていた。
顔は赤く、汗をかいている。呼吸が荒い。
エリアナは、男の子の額に手を当てた。
高熱。40度は超えている。
前世の知識が、診断する。
感染症。おそらく肺炎。
エリアナは、持ってきた薬を取り出した。
解熱作用のある薬草の煎じ薬。抗菌作用のある軟膏。
「これを飲ませてください。そして、体を冷やしてください」
エリアナは、女性に指示を出した。
女性は、震える手で薬を受け取る。
エリアナは、男の子の体を診察する。
聴診。触診。
そして、追加の薬を調合する。
数時間後、男の子の熱が下がり始めた。
呼吸が、落ち着く。
女性が、エリアナの手を握った。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
涙が、止まらない。
エリアナは、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。明日には、もっと良くなります」
女性は、何度も頭を下げた。
エリアナが館に戻ると、村人たちの目が変わっていた。
警戒ではなく、興味。
少しずつ、心を開き始めている。
エリアナは、それを感じた。
夜、エリアナが館で薬草を整理していると、扉を叩く音がした。
エリアナが開けると、一人の老婆が立っていた。
腰が曲がり、皺だらけの顔。だが、目は鋭い。
「領主様、お話があります」
老婆の声は、低く静か。
エリアナは、老婆を中に招いた。
老婆は、椅子に座る。
「森の奥に、『死を待つ男』がいます」
老婆は、ゆっくりと話し始めた。
「冷酷な皇帝陛下です」
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
「黒死病に冒され、誰も近づけません。もうすぐ、死ぬでしょう」
老婆は、エリアナを見つめた。
「ですが、領主様なら……もしかしたら」
エリアナは、静かに答えた。
「私が、治せるかもしれません」
老婆の目が、見開かれた。
「本当ですか」
「はい。試してみる価値はあります」
老婆は、しばらくエリアナを見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
老婆の目に、期待の光。
「陛下を救えば、この国が救われます」
老婆は立ち上がり、扉へ向かった。
「森の奥、川の向こうに野営地があります。気をつけて」
老婆は、そう言い残して去っていった。
エリアナは、一人残された。
窓の外を見る。
月明かりに照らされた森。
その奥に、皇帝がいる。
「カイザー……」
エリアナは呟いた。
「必ず、貴方を救う」
決意を新たに、エリアナは薬の準備を始めた。
明日、森の奥へ向かう。
運命の出会いが、待っている。
エリアナは荷台から降り、周囲を見回した。
荒涼とした土地。
地平線まで続く荒れ地。雑草が生い茂り、岩が散乱している。遠くに見える山々は、灰色の霧に包まれている。
領主館は、丘の上にあった。
だが、それは館と呼べるものではなかった。
壁は崩れかけ、屋根には穴が開いている。窓ガラスは割れ、扉は朽ちている。
エリアナは、ゆっくりと館へ向かった。
村が、丘の麓にある。
小さな家が十数軒。畑は荒れ果て、作物はほとんど育っていない。
村人たちが、エリアナを見ている。
警戒の目。
誰も近づいてこない。ただ、遠くから観察しているだけ。
エリアナが村の入口に立つと、一人の老人が近づいてきた。
白い髭、深い皺、曲がった腰。杖をついて、ゆっくりと歩いてくる。
「新しい領主様か」
老人の声は、低く掠れている。
エリアナは頷いた。
「はい。エリアナと申します」
老人は、エリアナを上から下まで見た。
「若い娘だな。こんな辺境に、何の用だ」
「ここで、新しい生活を始めます」
エリアナは、まっすぐに老人を見つめた。
老人は、鼻で笑った。
「期待はしていない。これまでの領主も、皆すぐに逃げ出した」
「私は逃げません」
エリアナは、静かに言った。
「これから、この土地を変えていきます」
老人は、しばらくエリアナを見つめた。
そして、肩をすくめる。
「好きにしろ。だが、ここは厳しい土地だ。魔獣も出る。生き残れるとは思わんがな」
老人は、杖をついて去っていった。
他の村人たちも、興味を失ったように家に戻っていく。
エリアナは、一人立ち尽くした。
半信半疑。
村人たちは、エリアナを信じていない。
だが、それでいい。
エリアナは、行動で示す。
領主館へ向かい、荷物を運び込む。
館の中は、外見よりはマシだった。
屋根の穴は一部だけ。壁も、補修すれば使える。
エリアナは、荷物を床に置いた。
薬の瓶。薬草の種。父の日記の写し。
そして、これから使う道具。
「ここから、始めよう」
エリアナは呟いた。
窓の外を見る。
夕日が、地平線に沈もうとしている。
明日から、本当の戦いが始まる。
夕暮れ、エリアナは森の入口を歩いていた。
薬草を探すために。
森は、深く暗い。木々が密集し、光が届かない。
魔獣の森。
村人たちが恐れる場所。
エリアナは、慎重に足を進めた。
その時、低い唸り声が聞こえた。
エリアナは立ち止まる。
前方、木の陰に何かがいる。
巨大な影。
エリアナがそっと近づくと、それが見えた。
銀色の毛並みを持つ、巨大な狼。
体長は2メートル以上。鋭い牙、黄色い目。
だが、その狼は倒れていた。
後ろ足に、深い傷。血が滲んでいる。
狼は、エリアナを見た。
威嚇するように、唸る。
「魔獣だ! 逃げろ!」
背後から、村人の声。
数人の村人が、エリアナの後ろに立っている。
「領主様、危ない! 早く!」
だが、エリアナは動かなかった。
前世の知識が、頭の中で囁く。
これは感染症。
傷口が化膿している。熱を持っている。放置すれば、敗血症で死ぬ。
エリアナは、ゆっくりと狼に近づいた。
「領主様!」
村人たちが叫ぶ。
だが、エリアナは構わない。
狼は、唸り声を上げる。
だが、動けない。体力が尽きている。
エリアナは、狼の前で膝をついた。
「大丈夫、治してあげる」
優しい声で、囁く。
狼の目が、エリアナを見つめる。
黄色い目。その奥に、知性の光。
エリアナは、持っていた水筒を開けた。
布を濡らし、狼の傷口に当てる。
狼が、一瞬身を強ばらせる。
だが、すぐに大人しくなった。
エリアナの手が、優しい。
痛みを和らげるように、丁寧に傷を洗浄する。
血と膿を拭き取る。
そして、調合した薬を取り出す。
抗菌作用のある軟膏。
エリアナは、それを傷口に塗った。
狼は、じっとしている。
エリアナの手を、信頼しているかのように。
「これで、少しは楽になるはず」
エリアナは、布で傷を包む。
狼が、小さく鼻を鳴らした。
まるで、感謝しているかのように。
村人たちが、呆然と見ている。
「魔獣を……手懐けた……?」
老村長の声が、震えている。
エリアナは立ち上がり、村人たちを振り返った。
「魔獣ではありません。ただの狼です。怪我をしていただけ」
村人たちは、信じられないという表情。
エリアナは、狼に向き直った。
「ゆっくり休んで。また明日、来るから」
狼は、エリアナをじっと見つめていた。
翌朝、エリアナが領主館の扉を開けると、そこに銀狼がいた。
座って、エリアナを待っていた。
エリアナは驚いた。
「来たの?」
狼は、尾を振った。
エリアナは微笑み、狼の頭を撫でた。
「よしよし」
狼は、目を細める。
エリアナが村へ向かうと、狼がその後をついてくる。
村人たちが、驚愕の表情で見ている。
「魔獣が……領主様の後ろに……」
「あれは、もう魔獣じゃないぞ……」
老村長が、エリアナに近づいてくる。
「領主様、魔獣を手懐けるとは……一体、どうやって」
エリアナは、微笑んだ。
「ただ、優しくしただけです」
老村長は、狼を見つめる。
狼は、大人しくエリアナの隣に座っている。
「……信じられん」
老村長は、頭を振った。
エリアナは、村人たちに向かって言った。
「皆さん、怪我や病気があれば、私が診ます。薬も作れます。遠慮なく言ってください」
村人たちは、顔を見合わせる。
誰も、近づいてこない。
エリアナは、溜息をついた。
信頼を得るには、時間がかかる。
その時、一人の女性が走ってきた。
「領主様! お願いします!」
女性は、涙を流している。
「息子が、高熱で……もう3日も……」
エリアナは、すぐに女性についていった。
女性の家は、村の端にある。
中に入ると、小さな男の子が寝台に横たわっていた。
顔は赤く、汗をかいている。呼吸が荒い。
エリアナは、男の子の額に手を当てた。
高熱。40度は超えている。
前世の知識が、診断する。
感染症。おそらく肺炎。
エリアナは、持ってきた薬を取り出した。
解熱作用のある薬草の煎じ薬。抗菌作用のある軟膏。
「これを飲ませてください。そして、体を冷やしてください」
エリアナは、女性に指示を出した。
女性は、震える手で薬を受け取る。
エリアナは、男の子の体を診察する。
聴診。触診。
そして、追加の薬を調合する。
数時間後、男の子の熱が下がり始めた。
呼吸が、落ち着く。
女性が、エリアナの手を握った。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
涙が、止まらない。
エリアナは、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。明日には、もっと良くなります」
女性は、何度も頭を下げた。
エリアナが館に戻ると、村人たちの目が変わっていた。
警戒ではなく、興味。
少しずつ、心を開き始めている。
エリアナは、それを感じた。
夜、エリアナが館で薬草を整理していると、扉を叩く音がした。
エリアナが開けると、一人の老婆が立っていた。
腰が曲がり、皺だらけの顔。だが、目は鋭い。
「領主様、お話があります」
老婆の声は、低く静か。
エリアナは、老婆を中に招いた。
老婆は、椅子に座る。
「森の奥に、『死を待つ男』がいます」
老婆は、ゆっくりと話し始めた。
「冷酷な皇帝陛下です」
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
「黒死病に冒され、誰も近づけません。もうすぐ、死ぬでしょう」
老婆は、エリアナを見つめた。
「ですが、領主様なら……もしかしたら」
エリアナは、静かに答えた。
「私が、治せるかもしれません」
老婆の目が、見開かれた。
「本当ですか」
「はい。試してみる価値はあります」
老婆は、しばらくエリアナを見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
老婆の目に、期待の光。
「陛下を救えば、この国が救われます」
老婆は立ち上がり、扉へ向かった。
「森の奥、川の向こうに野営地があります。気をつけて」
老婆は、そう言い残して去っていった。
エリアナは、一人残された。
窓の外を見る。
月明かりに照らされた森。
その奥に、皇帝がいる。
「カイザー……」
エリアナは呟いた。
「必ず、貴方を救う」
決意を新たに、エリアナは薬の準備を始めた。
明日、森の奥へ向かう。
運命の出会いが、待っている。


